Love at first sight.


□冷たい雨が降った日に
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・幸村視点



俺は教室を出るとまっすぐ屋上へ向かった。

窓の向こうはまだ、雨が降っていた。















数分後、俺は屋上への階段を上がっていた。


そしてドアノブに手をかけようとすると、向こうから啜り泣く声が聞こえた。

……この声、平田さんだ。

俺はドアを開けるのを止めて、手を握り とんとん とノックした。




「…平田さん?」

「………!」



途端に、啜り泣く声が止んだ。



「俺、幸村だけど…入ってもいいかな?」

「…………」



…どうやら居ないフリをするつもりみたいだ。
だけど俺は諦めるつもりはないよ。



「…返事が無いってことは、いいんだね?入るよ。」

「え、あ、待って!!」



扉の向こうから慌てる声が聞こえてきた。



「やっぱり平田さんだね。」

「………そうだよ。」

「入ってもいい?」

「だっ…ダメ!!」

「……どうしてかな?」

「そ、それは……」



扉越しでも、焦っているのがわかる。
…近くに居られないのがもどかしい。早く顔をみたい。



「…ねぇ平田さん、」

「………なに?」

「話して、楽になることもあるんだよ?」

「…ねぇ幸村くん、」

「………うん?」

「あたしはね、自分で勝手に話したせいで、相手が嫌な気分になってほしくないんだよ。」

「…………」

「…相手に嫌な思いはさせたくないんだよ…」

「………それもいいと思うよ。」

「だったら…!」

「だけど、平田さんだけが頑張る必要なんてないんだよ。」

「…………」

「頑張るのはいいことだ。でも…時々は、今日ぐらいは甘えてもいいんじゃないかな。……俺はそう思う。」




一気に言った後、俺はドアを見つめた。
…何も聞こえてこない。


手を伸ばしてドアを内側に引いた。




「………っ……ひっ…」

「!平田さん…!!」




平田さんは、ドアのすぐ前にしゃがみこんでいた。
両手を顔に当てたまま、しゃくりあげている。

思わず俺は平田さんを抱き締めた。




「…………」

「…っ…ふっ……ぅ…」

「…………」




しばらくの間、俺は黙って平田さんの頭を撫でていた。














どのくらい経ったんだろう。

平田さんは大分落ち着いてきていた。




「……………ゆ、きむらくん。」

「うん…なに?」

「……今日の朝、ずっと飼ってた犬が死んじゃったの。」

「そっか…それは辛いよね。」

「……ん。」





それから平田さんはポツリポツリと色んなことを話し始めた。



犬の名前はサラちゃん。
種類はゴールドレトリバー。

漢字では沙羅双樹の沙羅。

でも昔はよく皿と間違えられたらしい。


元気でよく脱走もしていて、一度だけ警察にお世話になったとか。


足が速くて平田さんでは追いつけないらしい。
ちょっと信じられないな…

力も強くて平田さんは引きずられたとか。
あ、これは想像できる。


猫が嫌いで、よく吠えていたんだって。
その度に平田さんが追っ払いに行ったみたいだ。


歩道橋は降りるのが苦手。
車はすぐ酔ってしまう。
泳ぐのが得意……





「…実はね、最近元気なかったの。」

「……そっか。」

「いつ見ても寝そべってて…でもね、3日前ぐらいに急に元気になったの。」

「うん、」

「走るし、しっぽブンブン降って…ね。」

「……平田さん。」



また、平田さんは肩を震わせた。



「あたしバカだった…大丈夫になったんだって、思い込んでた。……おばあちゃんの時も同じだったのに、忘れてた。」

「…おばあ…さん?」

「心臓の手術終わって、元気になって、一緒に温泉行って…だけど1週間後に死んじゃったの。」

「…………」

「気づいてたら、もっと…もっと…」



だんだんと声が小さくなっていく。
最後の言葉は聞き取れなかったけど、予想はついていた。


『いろんなことをしてあげたかった。』



…俺は慰めの言葉を言おうと、口を開いたけど出てきたのは全然違うものだった。





「……ねぇ平田さん、」

「…なに?」

「死んだ人ってずるいよね。」

「………………………は?」

「だってさ、俺たちばっかが悩んで、泣いて…ずるいと思わない?」

「え、思ったこと…ない。」

「そう? でもさ、きっと…相手も悲しいんだろうね。」

「……え?」

「もう話せない、触れない…そう思うのは俺たちだけじゃないはずだよ。」

「……うん。」

「自分はあの人に何かできたかな? もっといろんなことをしてあげたかった、って…そんなことは皆思ってる。」

「…………」

「……平田さんと同じように、サラちゃんもそう思ってる。」

「……幸村くん…」

「…と、俺は思うんだけどさ。柳と秋原さんはどう思う?」

「………………………………ん?」



平田さんはガバッと顔を上げた。
赤く充血しながらも、涙でキラキラ光っている目が5p前に見える。



「!!わわっ…ご、ごめん…」

「ううん、ありがとう。

「ありが…? じゃなくて!!詩音、柳くん、いるのー!?」


「………いるよー」
「………すまないな。」




屋上のドアが開くと、そこには秋原さんと柳が立っていた。




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