立海大附属
□私にできる願い事
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幸村が、用意していた短冊を全員に配り終えたあたりで、部室のドアがノックされた。その後、「みょうじですけど、いいですか」と遠慮がちに声がかかる。
その名前に、何人かはニヤニヤとブン太を振り向いたが、柳が素早く全員の着替え完了を確認し、
「入っていいぞ」
と声をかける。
さすが参謀、ソツが無い。
ドアを開けて入ってきたみょうじなまえは、ブン太の幼なじみであって、半年ほど前に彼女という立場にもなった同級生である。家も二軒となりと近く、昔から家族ぐるみで親交のある間柄だ。
「どしたんだよぃ、なまえ?」
ブン太が声をかけると、礼儀正しいなまえはまず幸村達に挨拶をしてから、
「教科書返すの忘れてた。一限目だって言ってたでしょ? 私も今から部活だから、今しかなくて」
部活前にごめんね。
そう言って、ありがとう、と教科書を差し出すなまえは、やっぱり気がきいて優しい奴だと思う。
「じゃあね。お邪魔しましたー」
そう部室を後にしようとしたなまえを、
「ねえちょっとみょうじさん。みょうじさんも短冊書いていきなよ」
そう言って呼び止めたのは幸村。手には短冊をひらひらと揺らしている。
「え……あ、笹だ! そっか今日七夕だー」
なまえは今まさに笹に気付いたようで、顔をほころばせながら幸村から短冊を受け取った。
「いいねー短冊」
「皆もこう、みょうじさんみたいに素直に感動すべきだね」
笑うなまえは見ていて心の安らぐ思いだったが、それが他の男に向いていると思うと面白くない。
ブン太がなまえの服の袖を引くと、察しの良いなまえは少し驚きながらもブン太の傍らまで移動してくれた。
この頃、幸村の機嫌はすこぶる良い。それはもうものすごく。
その原因は、数日前、長らくの想い人の彼氏というポジションにようやく収まったことにある。
ちなみにその日の練習では珍しく柳でなく幸村がメニューを組み……、
思い出すだに恐ろしい。俺達はこうやって鍛えられてきたんだなあ、と、何か薄ら寒いものすら感じた。
「せっかくの機会だし、好きな人のこと書くのはどうだい?」
上機嫌の部長は、ノリノリで、
「お、いいアイディアじゃなか?」
…悪ノリする部員、一名。
「しかし、短冊に書くのは本来そのようなことでは……」
「お堅いぜよ、やーぎゅ。部室に立っとる時点でもうおかしいナリ」
「たるんどる! 伝統行事をそのような……」
「はいはい真田。書けない人はテニスのことでも書いたらいいじゃないか」
テニス部部長がテニスでもときた。これは重症だ。
幸せいっぱいの本人に悪気はないのだろうが、聞き様によっては誤解を生む発言だ。
ブン太は苦笑しながら、何と書こうかと思案し鞄から筆箱を出す。と、なまえも同じように鞄を開けていた。
「ん? ジャッカルお前さん、片思い中かのう」
「な、そうじゃねえよ!」
「柳生、お前はどうする?」
「そうですねえ……」
皆が各々ペンを滑らせていると、突然なまえが「無いっ」と声をあげた。そのまま携帯を取って、耳に当てている。
しばらくの会話の後なまえは電話を切る。聞くと、弁当を家に忘れてきたらしい。
「今からお母さんが届けてくれるから、あたしこれで行くね!」
そう言いながら短冊を書きあげていく辺り、律儀ななまえらしい。
「適当に吊るしといて!」
適当にって……。
なまえが短冊を預けたのは柳生で、それには少し釈然としないものを感じたブン太だったが、恥ずかしくてそうしたのだろう。
何せ、好きな相手のこと、つまりは
俺のことだろい。
「柳生、何て書いてあるか、見せてくれよ」
「駄目ですよ、みょうじさんのものを勝手に見せるわけには……」
「柳生、隙ありぜよ」
「あ、仁王くん!」
するりと柳生の手から赤い短冊が抜けたと思うと、それは仁王の手に収まっていた。
「ブンちゃん、」
いたずら好きでも、短冊を裏向けたまま渡してくれた。こういうところ、変に気がきく。
「ん、サンキュ」
ブン太の胸は、ここしばらくないほど高鳴っていた。
短冊を裏返す―――
『テニス部の皆が、悔いの無い試合ができるよう上達しますように』
ブン太の表情なあまりに険しかったためだろう、躊躇いがちに幸村が短冊を覗き込み、
「ああ……」
何とも言えぬ嘆息が部室に響く。
さしもの幸村も言葉を無くしたようだ。
そこへ、
「ちわーっす、遅くなりまし……た……って、
……どうしたんスか?」
「おいバカ也」
「ハイっ!?」
「さっさと着替えろぃ。俺との試合、断るわけねえよな?」
そう言ったブン太の声は、某魔王にも匹敵する冷たさだったと、後にレギュラーは語った。
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