本棚

□ちょっとおめかししてみたら
1ページ/5ページ

(……珍しく早く着いちゃった。まあ、いっか。いつもあの人の方がかなり早いもんな)

 改札前の柱に、オレはもたれかかる。冬休み真っ只中……今日は久々の外デート。ゲームセンターとかカフェとか…色んな所に行きたいな。と、彼に会うまで「どこに行こうかな」と考えるのが楽しい。
 オレンジのタートルネックセーターに、白のショートオーバーオールパンツ。その上には、服の縁や袖に肌触りの良い白くふわふわした毛が沢山ついたピンクのタータンチェックの短いダッフルを着たオレがぼんやりしていると「君、可愛いカッコしてるね」と声が掛かった。カッコだけかよ。言われ慣れてるけど。
 現れたチャラい男二人は、どう見ても知り合いじゃなかった。

「何してんの?」
 見知らぬ人間と係わり合いになるのは避けたい。付け入られないように、オレは目を合わさずに冷たい返事をする。
「人と待ち合わせ」
「へー。そうなんだ。でも暇そう」
「珍しく早く着いたから。それだけ」
「そっかぁ。時間あるなら、俺らとお茶でもどう?」
 待ち合わせしてるって言いながら、尚且つ「お金無いよ、オレ」ってオーラも出してるのに、離れて行く気配が無い。
「もうすぐ来るのって、女の子?だったらその子が一緒でも」
「男です」
「え?」
「彼氏と待ち合わせしてるから。だから、帰ってください」
 堂々と言い放ったら諦めると思ったのに……経験上からなのか、はたまた元々図太いからなのか、片方の男が図々しく肩を抱いてきた。
「いいじゃん、約束の時間に間に合わないような男、放っといたら」
「まだ時間前だ、ってこの子言ってたじゃん。君、俺らと遊んだ方が絶対楽しいよ。保証する」
「しなくていいです。確実に彼と一緒に居た方が楽しいって、わかるんで」

 そう言わずに…と尚も食い下がってくるなんて……そんなお金欲しいのかな…。いい加減離れてほしくて「やめてください」と言いながら身を捩ったオレの肩が軽くなると同時に、頭上で悲鳴が聞こえた。
「いでででででっ!」
「なっ、おい、何すんだよ!」
 何が起こっているか全く理解できないオレを、誰かが胸元へ抱き寄せる。

 大好きな匂いがした。

「これ以上この人に触れたら、果たす」
 男の腕を捻り上げながら、いつも以上に低い声で威嚇するのが聞こえる。聞き慣れた声が発した言葉に顔を上げ「暴力はダメだよ、暴力は!」と彼を抑えると、渋々その手を離した。
 まだ眼力で威嚇を続ける彼の胸の中、さっきの言葉を思い出そうとしたところで、オレの腕がまた見知らぬ男に引かれる。
「今、俺らと遊ぶ約束したんだよ」
 約束した覚えなんかねーよ!とツッコミを入れようとした矢先に、彼が言う。
「オレの女に、触んじゃねえ!」

 男達は逃げていった。漸く煩わしさから解放……。
「申し訳ございません、沢田さん!」
「さっきまでの威勢はどこに?!」
 ……されなかった。あー、久々だな、土下座。
「久し振りの外デートということで浮かれて寝付けず、少し寝坊してしまったらこの有様です!本当なら、約束の15分前には着いていた筈なのに!」
「興奮して寝付けないとか、小学生か!とりあえず立って!土下座してる人の横にいるの、恥ずかしいから!」
 無理矢理立たせ膝についた砂を払ってあげて、本当に申し訳なさそうに顔を歪ませる彼の頭を撫でた。
「何かあったら…お母様に申し訳が立ちません……ナンパには重々お気を付けくださいね?」
 心配性だなぁ……そんなの、気を付けなくても……ん?
「え?!あれ、ナンパだったの?!」
「それ以外の何物でもないですよ」
「気付かなかった…。ってことは、オレ、生まれて初めてナンパされたってこと?すごい!」
「いや、あの、喜ばないでください…」
 あれがナンパか…確かにタチが悪いのは厄介なことになりかねないな、気を付けよう。
 でも、そうか。それで獄寺君あんなに怒ってたのか。

『オレの女に、触んじゃねえ!』

 …………『オレの女』とか!
 絡まれてるオレを見て我を忘れたんだろう。多分そうだ。オレのことを、オレの前ではあんな風に絶対言わない。
 熱い両頬を僅かに冷えた手で覆って隠せば、獄寺君は「どうかなさいましたか?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。
「君のせいだ」
「はい?」
「オレの女、とか言って……助けてくれた獄寺君が、カッコ良すぎるせいだ…っ」
 思い出すだけでドキドキする。こんなの片想いしてた時以来だよ。赤い顔で睨みつけたら、獄寺君も同じように顔を真っ赤にして、オレの耳元で囁いた。
「……あんまり可愛い顔ばかり見せてると…どこにも寄らずにいかがわしいホテルに連れ込みますよ?」
 その言葉に、どうしようもないほど胸がキュンとするオレがいる。あんな姿見たんだし、当然だよね。ぼんやりした顔で見つめたら、獄寺君は困った表情を見せた。今日は、いいや。恥ずかしがるのはやめる。
「いいよ、連れてって?」
 目を見開いた顔も可愛いなあ、なんて思ったりなんかして。
「そういう所、当然行ったことないし…今日は…すごくカッコイイ獄寺君見ちゃったから…いいよ?」
 誘うように抱きつけば、獄寺君は戸惑いを見せる。
 だってオレ…もう我慢出来ないよ…。そんな思いを込めてじっと見つめると、獄寺君はようやっと観念したようだ。

「そうと決まれば、行きましょうか。睫毛を上げたり口紅を塗ったりと、可愛くおめかししてくださった貴女を…これ以上、他の奴らに見せたくありませんので」
「ふわぁ…よく気付いたね…凝視しなきゃわからない程度にしかしてないのに」


† † † † †

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ