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□ちょっとおめかししてみたら
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 お姫様抱っこで連れて行かれる。折角一緒にシャワーを浴びていたのに、彼は「お先に失礼しますね」と先に出て行った。何だよ何だよ。何もする気ないなら、甘ったるい声で「一緒に、ゆっくりあったまりましょうね、沢田さん」なんて言うなよ、バカバカバカ。なーんて。ただオレが勝手に期待してただけなんだけどね。今日はスイッチ入りっぱなしだな。
 脱衣所に出ると、バスローブの上に真新しい下着が置かれていた。オレが持って来た訳じゃない。
「……買ったのかな、あの人…」
 よくわからないので、とりあえずそれは着ないで手に持ち、初めてのバスローブに心を少し弾ませながらベッドルームに戻ると、ベッドに座りながら煙草を吸っていた獄寺君が顔を上げた。
「お帰りなさい」
 オレが怪訝な表情で「ねえ、これ知ってる?」と尋ねたけど、彼は臆することなく言い放つ。
「はい。貴女に着けていただきたくて、オレが買いました」
 ああ、やっぱり。オレは絶対買わないもんね。ピンクにフリルなんて。
「一人で買いに行ったの?」
「この前、本を買いにデパートに行った際にたまたま目に留まったので。勢いに任せて」
「イイ度胸してるね、君は…」
 しげしげと下着を見つめながら獄寺君に近寄れば、煙草の火を洒落た白い灰皿で消し、オレを腰から抱き寄せた。驚いてよろめいたのを見て、彼は笑みを零す。
「下着を着けていらっしゃらないのは、オレを誘ってくださっている……と考えても宜しいのでしょうか?」
 目が妖しく輝いているのを、今日ばかりは、この丁寧な言葉遣いで隠そうともしない…それが堪らなくカッコイイと思った。
「意味なんて、好きに取ったらいいよ」
 無い胸を押し付けるようにして抱き着くと、そのままベッドに倒される。うん、これくらいでも全然良い。

「では、第二ラウンド、ということで」
「はぁい」

† † †

「――――…さん…沢田さん」
「んん…何…?」
 何だかんだで三回も抱き合ってくたびれたオレは見事に熟睡し、そしてオレを眠りの世界へ誘った張本人に揺すり起こされることになった。頭を撫でる手に抵抗して、布団に潜り込む。彼は尚も諦めない。
「そろそろ、夜の6時です。お母様が夕飯作ってらっしゃいますよね?」
「……もうちょっと平気…」
 まだこの余韻を味わっていたいのに…そんなにすぐ切り替えないでよ。今日は「このまま泊まりましょうか」くらい言ってほしいな、沢田さんは。自分でも疑問に思う程、今日は何かとその気になっている。そして(もし泣かれても起きてやるもんか)と心に決めた。

 またうとうとしていたらしい。鼻を擽ったのは、よく嗅ぐ煙草の匂いだった。
「ん……」
「起きました?」
 火を消したのか、咳払いで口の中の煙を吐き出して、オレに顔を寄せてくる。
「……」
「沢田さーん」
 起きない。起きないよ。君が「帰りましょう」とか言うのをやめない限り。
 でも、電話しないでいたら、いくらなんでも母さん心配するよなぁ…。どうしようかな。
 そう思っていたら、彼が耳元で囁いた。

「お母様には、ご連絡しておきました。今日は、このままゆっくりしていましょうね」

「……本当?」
 振り向くと、獄寺君が嬉しそうに笑う。
「はい。よろしくね、って言われました」
「そっか」
「漸く起きてくださいましたね」
 だって、煮え切らないから。君が。何だかついムッとしちゃったの。やっとわかった?それでもやっぱりすぐ起きるのは癪だし、まだぐずると、獄寺君は笑って頭を撫でた。
「何…?」
「いえ、このまま独り占め出来ると思うと、嬉しくて」
「じゃあ最初から帰らないって言ってくれればいいのに」
「それはやっぱり、理性はありますから」
 今日は必要ないって言ってるのに。
「優しいの、すごく嬉しいけど…今日はもっと強引でいいの」
 少しむくれてみれば「どうもありがとうございます」と、するりと布団に潜り込んで、一糸纏わぬオレの体をぎゅっと抱き締めた。
「後悔しないでくださいね?吹っ切れたオレは、優しくないですよ」
「大丈夫だよ。嫌いにもならないから」
 首に腕を回して「好き」と言えば、獄寺君は「オレもです」と返す。

 もう一度キスをしながら、獄寺君は部屋の照明を落とした。

† † † † †

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