英雄伝説

□二話
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「此処が家だ」
エスタは目の前にある寝転げある程度暮らせる拓けた岩を指差した。
「ぃえ?」
「……発音が違うな。い・えだ」
エスタは俺を引っ張りながら岩に座る。
「いえ?」
「……よし。そん調子だ」
エスタはグシャグシャと俺の頭を撫でた。
「ぐぇ……」
力が強すぎて変な声が出てしまった。
「あぁ?……わりィ、強すぎたな」
エスタは頭の手を退けた。
「むぅ……」
エスタは退けた手を顎へ持って行き何かを考えているポーズを取った。
「さて、お前の名前だよな……」
エスタはう〜ん、と唸りながらブツブツと言い始める。
「ラルク…アルフォード…ジョン…」
俺は寝転んで空を見上げる。
空では白い雲がゆらりゆらりと揺れていた。
「……らく」
無意識に呟いた。
「ラク?お前の名前か?」
「う?」
「…………」
エスタは俺を見てニヤリと笑いピシリと指を指した。
「お前の名前はラクだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのな、黙るのは止めよう。な?」
「あい!」
俺は元気よく答えた。
「ラク、喧嘩をやるぞ」
「けーしゃ?」
「……喧嘩、だ。行くぞ」
エスタは俺の手を掴み岩を下りる。
エスタは“家”から離れ、草地が多いところへと連れて行った。
「此処でいいな」
エスタはパッと手を放し、俺から離れた。
「ラク、今から喧嘩を教えてやる。これから此処で暮らすなら必要になるからよく覚えておけよ!」
エスタはいきなり走ってきて蹴りを繰り出す。
「!?」
俺は避ける事が出来ずにもろにくらい、後方へとぶっ飛んだ。
「…っか……うぇ」
ダラダラと涎を垂らす。
「……何だ?向かって来ないとお前が死ぬぞ?」
エスタはニヤリと笑った。
「……おほーしょて!」
俺はエスタにビシッと言った。
そんな俺にエスタはハッキリと言う。
「……わりィ、何て言ったのかわからねぇ」
プツリと何かがいった俺はエスタに言う。
「いっはーしゅくらわぁせーす!」
エスタを見るとニヤリと笑っていた。
「今のは何となく分かったぜ……一発食らわせてやる、だろ?やってみろよ」
「……おほーしょてよ!」
エスタは何やらスッキリしたような顔で言った。
「あぁ!覚えておけよ、か?口は言いから来いよ」
俺はエスタに向かって走り出した。





夜、俺はエスタと薪を焚いている岩の上に座っていた。
「むぅ〜……」
「俺に勝つのはまだまだ早い。十年どころじゃ足りねぇな」
日が暮れはじめた頃まで俺はエスタと“喧嘩”をした。……エスタの一方的なボコ殴りの蹴り放題、やりたい放題だったが。
俺はエスタにやられた腕を見ていた。
「ああ?痛むか?」
「…………」
俺はムッスリとして答えなかった。
そんな俺を見てエスタは豪快に笑った。
「―クク……そんなに負けたのが嫌か?」
「…………」
聞かれてもなお答えない俺にエスタの笑い声の音量は上がった。
「ラク、オメェはこれから伸びるぞ。ほら、これを当てとけ」
エスタは夕食に食べた獣の肉を投げた。
俺はビチャという音を立てながら顔で受け止めた。
「にぃく?」
「肉だ。まぁその肉には何も効果ないが……当ててないよりマシだろう」
「?」
キョトンと俺はエスタを見ていた。
「あー…こっち来い」
俺は立ち上がりトタトタとエスタに近づいた。
エスタの元へ行くとエスタは俺の手を掴み、無理矢理エスタの膝の上へと座らせた。
「おら、押さえとけ」
エスタは俺の腕の上に先程顔面で受け止めた肉を赤黒く変色した腕に乗せた。
「おさえ?」
「ああ、もう片方の手で押さえるんだ。こうやってな」
エスタは実際に押さえるとこをしてくれた。
「真似してみろ」
俺はエスタの真似をして押さえる。
「そうだ。俺が外していいと言うまでしておくんだ」
エスタはこう言って押さえる真似を止めた。
俺はエスタに言われた通りに押さえ続ける。
「それと、返事はしろ」
「へーし?」
「返事だ。返事は先程のような感じで問われた時に使う。はいってな」
俺にはまだ難しく分からなかった。だからいつものようにエスタの言葉を繰り返した。
「あい!」
「よーし、いい子だ」
エスタはいつものニヤリじゃなく、ニコニコっと嬉しそうに笑った。俺の頭をグシャグシャにしながら。
「今日使ったからな……」
エスタは横に置いていた剣をスラリと抜いた。
俺は剣を見ながらキョトンと首を傾げる。
「見たことないか?剣だ。もっともこれはナマクラもんだがな」
「つーき」
「剣、だ。動くなよ、ラク」
エスタは剣をなるべく薪の近くに持っていく。
剣は真っ赤な明るい炎に照らされてどす黒い赤色が映っていた。
「おなし!」
俺は剣のどす黒い赤色を指しながら肉を置いている腕と交互に指す。
「同じ?いや、違うな。血の色は痣なんかとは違う。もっと暗い」
「?」
俺は首を傾げる。
「ようするに違う色何だよ、それとは」
エスタは俺の腕を指した。
「んー…同じならお前の髪と炎が同じだ」
エスタは俺の腕から髪を指し、それから真っ赤な炎を指した。
「おなし?」
「ああ、同じだ。メラメラと真っ赤に燃える。……オマェと一緒だ」
エスタは笑った。ニヤリでもニコニコでもない笑いで。
「あぁ、後はお前の目と空も同じ青さだな」
「そら?おなし?」
「あぁ。どこまでも青い」
エスタは剣に布を被せて手で押さえゆっくりと剣を動かしていく。
布から出て来た剣は先程みたいなどす黒い色ではなかったがまだ少し赤かった。
「ホントはもっとちゃんと手入れが出来れば良いんだがな……此処では仕方がないな」
エスタはポイッと布をそこら辺に投げた。
「さて……オマェさんの勉強といきますか」
「へんきゅー?」
「……まずは正しい言葉からだな」
エスタは剣をスラリとしまい、同じように隣に置いた。
「ラク、オメェはまず正しく発音をしねぇと今のままじゃ誰も理解出来ねぇ。……俺も含めて、な」
エスタは真剣に、真っすぐと言った。
「だからまず発音をどうにかしねぇとな。そうだな……」
エスタはガシガシと頭をかく。
「オメェは何が……いや、殆ど言えてねぇな」
エスタはふと、目の前にあるたき火を見た。
「ラク、炎って言ってみろ」
「ほのお」
「……え?言えてんな、オメェ。じゃ薪だ」
「たたき」
「おー…?」
エスタは何やら考えこんだ。そしてこう言った。
「ラク、空を言ってみろ」
「そら」
「足はどうだ」
「あし」
「じゃ剣はどうだ?」
エスタは剣を指しながら聞いた。
「つーき」
「……成る程な」
エスタはうん、うんと言いながら頷いていた。
「オメェは濁音があるとまるでダメだな。後長かったり難しそうなの。じゃそれからやるれば良いんだな」
んーとエスタは言った後にこう言った。
「ラク、スクイプはどうだ?」
「すくいふ」
「ス・ク・イ・プ」
「すくいう」
「……何か遠くなったな?じゃあ……動物」
「とーふつ」
「ど・う・ぶ・つ」
エスタはゆっくり区切って言った。
「とうふつ」
「……近く、はなってるな。動物」
「とうふつ」
エスタは頭を手で覆った。
「はー……。ラク、棒はどうだ?」
「ほう」
「ぼ・う」
俺はゆっくりとエスタの言葉を繰り返す。
「ほう」
「……ぼーって言えるか?」
「ほー?」
「ぼー」
俺はエスタのをしっかり聞いて、言った。
「ぼー?」
「そうだ!それでぼ・う」
「ぼー…う」
「……まぁまだまだ改善しないとダメだが……この調子で行くか。今度は―」
エスタの勉強は俺のまぶたがくっつきそうになりながらコックラコックラ頭が動くようになってようやく終わりを告げた。

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