玩具箱

□壱
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 紙や本の散らばった教室に二人の少女は居た。

「そろそろじゃない?」

「だろうねぇ。ところで、私はあまりファンクラブ事情について詳しくないんだが、実際問題どうなんだい?」

 美しい容姿の少女の言葉に対して、凡庸な顔立ちの少女は一枚の紙をピラピラ靡かせながら尋ねた。

「その書類にあるでしょう?」

「そうじゃなくてさ、もっと感情のある情報が知りたいんだよ。タカのはさ、あくまで『情報』だ。客観的過ぎる。いや、こういうのも必要だけどね。私としては、もっと大袈裟な、脚色の入った情報が欲しいんだ」

「…それって、もはや真実じゃないんだけど…」

「分からないかなあ。それが…」

 凡庸な容姿の少女が熱弁しようとした瞬間、教室のドアが開いた。

「おや」

「余裕無いわね」

 マイペースな二人の少女の反応に対して、入ってきた女達は動揺していた。

「貴女達が、『なんでも屋』…?」

「………」


   『なんでも屋』


 その名の通り、依頼すれば何でもこなしてくれる組織。

 メンバーは僅か三人。3階にある第二資料室を拠点としていて、その情報を一般公開しているが、その実態を知る者は少ない。

 何故なら、一度『なんでも屋』に依頼した人間は、誰にもその情報を口外しないからだ。

 誰でも知っている組織だが、その詳細は誰も知らない。メンバーが誰かさえ知りえないのだ。

 凡庸な少女は悪意の無い無邪気な笑顔を見せる。

「その通りですよ。我々が、巷で噂の『なんでも屋』です」

「ま、正確に言うと、コイツが、だけどね」

 美少女が呆れた様に凡庸な少女を指差す。それにファンクラブ一同は更に動揺する。

「貴女、が…?」

 目は、「そっちの美少女じゃないのか!?」と訴えていて、凡庸な少女はそれを見てため息をつく。

「またこのパターンだ。『なんでもしてくれる』から『完璧な人』って皆考える。それこそ凡人の発想だ。『常識』という言葉に捕われる、人間の典型的な例だ」

 美少女は、凡庸な少女の隣で少女の演説にケラケラ笑っていた。

 ファンクラブ一同は、もはや声も出せない状態だった。

「ああ、そうだ」

 凡庸な少女が思いたった様に声を出し、ファンクラブは肩をビクリと震わした。

「自己紹介が遅れました。私は八木川 愴。『なんでも屋』の、まあ、言わば店長かな。一応ここの責任者なんだ。主な活動も私が大体行う。よろしく


 優しげに笑う凡庸な少女−−愴は、一見ただの少女だが、この空気に合わない笑顔は、逆に酷く緊張させるものだった。

「私は中森 梓。愴の助手兼親友よ。よろしく」

「もう一人、情報係がいるんだが、彼は人前には出たがらない。すまないね」

 美少女−−梓と、愴のにこやかな自己紹介に、ファンクラブは不安に駆られる。

「さて、皆さんの事は紹介しなくて結構です。会長の天根 百合(あまね ゆり)さん」

 愴の言葉にファンクラブは目を見開く。

「何故それを…。ファンクラブの会長を知っているのは会員のみの筈…」

「あはは、うちの情報係は腕は確かなんですよねえ。ま、無駄な話はいいんです。ご用件をどうぞ」

 梓が近くの椅子を持ってきて、ファンクラブ会長である天根に勧めた。

「単刀直入に言わせて貰うわ。悪女、夢野 姫を立海から排除してちょうだい」

「…あまり穏やかではなさそうですね。まあ、詳しく聞きましょう」

 愴は天根の言葉に、先程までの穏やかな表情を消し、真剣な顔で聞く体勢になる。

「まず、前提の質問を一つ。消す、というのは、立海から転校でもさせろという意味ですか?…それとも、存在自体の抹殺でしょうか。前者なら構いませんが、後者ならば、私ではなく殺し屋にでも頼んで下さい。生憎、犯罪には関わるつもりないんですよね」

 愴の言葉に天根は苦笑しながら「前者よ」と訂正を入れた。

「私としても、犯罪に手を染める気はないわ。ただ、あの女にこれ以上好きにさせたくないのよ」

 深い憎悪に染まった天根の表情を、梓は笑って、愴は無表情で見つめていた。

「と、いう事は、彼女には転校して貰う形になりますかね。または、最悪引きこもりでしょうか。…梓」

「はい」

 愴の呼びかけに、梓は傍にあったメモ帳を愴に渡す。愴は梓に礼を言い、メモにサラサラと文字を綴っていく。

「では、メニューとして、参考までにこちらをどうぞ。報酬によってするべき事も広がります。ああ、ちなみにこれはあくまで参考なので、個人的にご要望がありましたら、金額に応じて承りますよ」

 天根とその他ファンクラブはメモを見て動揺した。−−その法外な金額に。

「何よこれ…。ぼったくりもいい所じゃない!」

 ファンクラブの一人は愴に向かって怒鳴るが、愴は眉を潜めるだけだった。

「妥当。いえ、安売りも良い所ですよ。…貴女がた、どうやら理解してない様ですね」

 急に雰囲気を変えた愴に、教室に居る人間の表情が変わる。創側の梓でさえ、顔を引き攣らせている。

「人一人を転校させる、という行為は、難しく、そしてそれ以上に、重い行為だ。一人の人間の人生を狂わせるのだから。貴女がたはそれで幸せになれるけれど、それは夢野姫の不幸あってのものです。先程あなたは言いましたね。『あの女をこれ以上好きにさせたくない』と。彼女は、テニス部の人間と仲良くなる、という行為以外に、何かしましたか。誰かに人生を狂わせられる様な事を、彼女はしたんですか」

 愴の言葉に、誰も何も言えなくなる。

「この行為は、貴女がたの自己満足の為のものです。それを私が代わりにつとめるんですから、この報酬は当然ですよ」

 愴はそう言うと、穏やかな表情に戻した。

「では、ご決断をどうぞ」

 天根は暫く考えた後「払うわ」と声をあげた。

「会長!?」

「お父様にお願いするわ。…その代わり、確実に実行してちょうだい」

「ええもちろん!…どのコースになさるおつもりで?」

天根は愴を睨み上げた。

「Bよ。このAのただ転校させるなんて、そんなんじゃ気がすまないわ。あの女がどんどん絶望して、そしてこの学校から消えていけばいいのよ」

 天根の目には、もはや憎悪と、そして狂気しかなかった。

「毎度あり」

愴は笑顔で了承した。

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