玩具箱

□弍
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 柳生 比呂士は、紳士として有名な男だった。

 中学生らしからぬ物腰の柔らかさに、一部の女子の憧れの的である。

 しかし、彼は女子の友人が少ない。それは出来ないからではなく、単に彼が女子の友人を作らないのだ。

 柳生は紳士として、無闇に女性と近しい関係になるべきではない、と考えていた。だが、同時に女性に対する恐怖心も関係していた。

 テニス部レギュラーである柳生は、当然ながら女子、特にファンクラブを苦手意識していた。明らかな嫌悪は見せないものの、極力女子には近寄らない様にしていた。

 そんな柳生だが、彼には現在二人の仲の良い女子が居る。

 一人は言わずもがな夢野 姫だ。テニス部全員と親しい彼女は、当然柳生とも親しい間柄となっている。柳生の思い人でもある。

 そして、これはあまり知られていないが、夢野とは全く関係のない、ある少女とも親しくしていた。

「…くん。柳生くん!」

「!…あ」

 本を読んでいた柳生は、自分にかかる呼び声にようやく気がついた。

「大丈夫?柳生君はテニス部だろ?部活じゃないのかい?」

 穏やかな口調で柳生に心配する様に話しかける、柳生の数少ない女性の友人である少女−−愴に、柳生は他の女には見せない笑顔を向ける。

「ええ。今日は休みなんですよ」

「なら早く帰ればいいんじゃないのかい?いくら此処が図書室とはいえ、学校なんかより家の方が落ち着いて読める気がするけどねえ」

「ああ、友人と待ち合わせているんです」

 愴の問い掛けに柳生が丁寧に答えると、愴は「成る程」と納得した表情をした。

 柳生と愴は、2年の頃にクラスが重なり、それ以来本の趣味が合う事から親しくしていた。

 柳生は愴がミーハーでは無いと分かっているため、彼女に対する警戒心は全く無い。

「ああ、そういえば何か用があったんですか?」

 柳生はそういえばと愴が自分に話しかけてきたことを思い出し、創に尋ねた。

「ああ、そうだね。たいしたことじゃないんだけど、今から帰るなら外は雨だから気をつけてね、って言おうとしたんだよ」

「雨、ですか…。参りましたね。傘を忘れてしまいました」

 柳生がボソリと呟くと、思い出した様に愴は自分の鞄を漁り始め、中から折り畳み傘を取り出した。

「ならこれを君に差し上げよう。私はもう一つ傘を持ってきてるからね」

 柳生は愴の言葉に一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐに慌てて傘を押し返した。

「い、いえ。そんな、大丈夫です。友人の傘に入れて貰いますから」

「遠慮はいらないさ。2人で一つの傘に入るっていうのは実は結構難しいんだ。安心してくれよ、これは無地の黒い傘だから、男の子が使ってもなんら問題ない」

 慌てる柳生を無視する様に愴は傘を半ば無理矢理手渡した。

「…ありがとうございます、八木川さん」

「いやいや、私も柳生君の意外な一面を知ったから、そのお礼さ」

「…?」

 柳生は意味が分からない、とでも言うように頭を傾げる。意外な一面?何の事だろうか。

「ま、悪戯も程々にね。じゃあ、友人が待っているから私は帰るよ」

 謎の言葉を呟いて去っていった愴の背中を見つめてから、柳生は時計を見た。時刻が約束した時間からかなり過ぎている。柳生はハア、とため息をついて、待ち合わせをしていた友人を自ら迎えに行く事にした。

 図書室を出た所で、見知らぬ女子とぶつかった。慌てて女子の方を見ると、女子は柳生を見ながら瞳を輝かせていて、明らかなミーハーな態度に苦笑した。

「大丈夫です…」

「に、仁王君!ご、ごめんね、ぶつかって!仁王君が図書室に居るなんて珍しいね!」

 柳生の心配する言葉に被せて話し始めた少女に、柳生は一瞬いらついたが、少女の言葉に目を見開いた。

 仁王…?自分が…?

 柳生はまだ何か喋っている少女を放って、鏡のある場所に走り出した。

 鏡の前に立った柳生は、唖然とした。

 鏡に映るのは、確かに自分のパートナーの姿。

 そこまで来て、柳生は仁王に頼まれて今日は姿を交換していた事を思い出した。

 だとしたら、愴とはこの姿にかかわらず素で会話してしまったという事になる。なんという失態だろう。何故その事を忘れていたのだろうか。そこまで考えてハッとした。

『大丈夫?柳生君はテニス部だろ?部活じゃないのかい?』

 そうだ。彼女が、自然に自分の事を、『柳生』と呼んだんだ。尋ねた訳でも、確認した訳でもなく、『仁王の姿の柳生』を柳生と呼んだのだ。

「…八木川さん」

 彼女は、何者なんだ?

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