玩具箱
□参
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「八木川さん、少し宜しいでしょうか」
柳生は、朝のHRが始まる5分前に愴に話しかけた。その表情はどこか硬い。
「ああ、構わないけど、あまり時間がないから手短かに頼むよ」
「ていうか、此処じゃ駄目な訳?手短かに済むならそれが楽だと思うけど」
愴と話していた梓が柳生を指差して尋ねる。それに柳生が申し訳ない様に「それは、ちょっと…」と言い淀む。
「いいさ、梓。私は構わないんだからね。行こうじゃないか、柳生君」
「!あ、ありがとうございます」
愴と柳生が去った後、梓は一人口角を上げる。
「愴の計画通り、かしらね…」
−−−−
柳生に連れられて、愴は空き教室に来ていた。
「第三資料室。とは名ばかりで、実際は殆ど使用されず、物置にされている。一方で、誰も使わないのに鍵は開いているから告白スポット、虐めスポットにもなっている。内側からなら鍵も閉められるし、確かに最適だ」
愴が中に入りながら解説を始めるのを、柳生は黙って見つめていた。
「という事は、私は告白されるのかな?いやー、でもそれはないかな。告白ならこんな時間帯に呼ばないよねえ。という事は、まさかの虐め?これは意外性を感じるね。紳士と名高い柳生君が虐めなんて!又は、相談とかかな?一番有り得そうだけど、決め付けるのは良くないからね。一応私はこの二択で予想を張っておこう。さあ、正解はどうなんだい?」
「…どちらも不正解、と言ったところでしょうか」
柳生の答えに、愴は意外とでも言うように「おや」と声をあげた。
「まあ、虐めはない気がしてたんだ。で、何なんだい?」
「…これを」
柳生がスッと折り畳み傘を創の前に出した。それは、昨日愴が柳生に貸した傘だった。
「先日は助かりました」
「おや、あげたつもりだったんだが、律儀だねえ。まあ、返してくれるなら遠慮無く頂戴しようかね」
柳生から差し出された傘を、愴はニッコリと笑って受け取る。柳生の表情は最初と変わらず和らぐ事はない。
「…で、この教室でも出来るこんな行為をするために、君は私を此処に呼んだのかい?……まさかねえ」
「…何故、私が『柳生』であると分かったのですか」
柳生は愴の言葉を聞いて、少し間を置いてから話しはじめた。
「…質問の意図が掴めないねえ。『君』は『柳生君』だろう?」
「そういう意味ではありません。…昨日、私は『仁王君』の格好でいました。なのに、貴女は私を『柳生』と呼んだ。何故、…いや、どうして、気付いたのですか?」
「………」
柳生は動揺していた。今まで、幸村と柳しか、自分達の変装に気付かなかった。確かに、仁王に比べれば自分の変装は劣るかもしれない。だが、柳生にとってはそれなりに自信のあるものだった。親でさえ、騙せたのに。
柳生の内心を知ってか知らずか、愴は困った様に笑った。
「『どうして』か…。説明に困るなあ。うーん。まず第一にさ、私はその『仁王君』を知らないんだよね。だからまあ、なんとも言えないんだけど。だけど、確かに最初見た時は柳生君とは分からなかったさ。銀髪だったし、制服着崩してたしさ。…でも、なんだろう。柳生君にしか見えなかったんだ。確かに姿は違ったけど、あれは紛れも無い柳生君だよ」
上手く言い表せない、とでも言いたげな、不完全燃焼、といった表情を見せる愴に、柳生は唖然とするしかなかった。
「…不完全だったのでしょうか」
「うーん。私は『仁王君』を知らないからなあ。でも、見た目は全然違ったよ。黒子まであったしね」
その時、授業開始1分前の鐘が鳴った。
「あらま。じゃ、教室戻ろうか」
愴が出口の扉に手をかけた所で、柳生は愴に制止の声をかけた。
「私は…」
言い淀む柳生に愴は優しく笑いかけた。
「ねえ、サボろうか」
「え…」
「私って不真面目な生徒だからさ。柳生君も巻き込んじゃうのさ」
愴は扉を開こうとしていた手で鍵を閉めた。柳生はポカンと表情を固まらせる。
「ねえ、柳生君。君は物事を大袈裟に捕らえすぎなんじゃないかい?」
「…?」
「確かに私は君の変装?を見抜いたけどさ。所詮それだけだよ。見抜いたからって、君の全てを理解した訳ではないんだからさ、もっと軽く捕らえたらどうだい?世界はもっと単純だよ」
その言葉に柳生は、姫との出会いを思い出した。その時も、自分は仁王の格好をしていた。
『あ、貴方柳生 比呂士でしょ!私には貴方の全部が分かるんだから!』
初対面で見破られた衝撃のせいか、柳生はその言葉をいとも簡単に信じ込んだ。自分の全てが、彼女にはお見通しなんだと、柳生は本気で信じていた。
「単、純…」
柳生の呟きに、愴はニコリと笑う。
「それにさ、これは私個人の意見だけど、自分の全てを理解されても、その人と上手くいけない気がしないかい?だって、もし私が君を全て理解していたとしたら、つまらないもの。『意外』があるから人は人と関わるんだよ。…私は、そう思っている」
愴の言葉は、混乱していた柳生の心の中に、スッと入り込んだ。
「そうか…」
「ていうか、授業完璧サボっちゃったねえ。実は私、サボるの初めてなんだよね。ドキドキしちゃうよ。柳生君も初めてだろう?」
柳生は愴の言葉は耳に入ってこず、頭の中で何度も愴の言葉を繰り返させた。
「柳生君?」
愴が柳生を覗き込みながら声をかけると、柳生は顔を愴に向けてニコリと笑った。
「なんでもありませんよ。…ああ、そうだ。今後、『愴さん』と呼んでも宜しいでしょうか」
「え?…ああ、構わないけど。急にどうしたんだい?」
「いえ、…気分ですよ」
柳生の頭にあったのは、スッキリした事による充実感と、夢野 姫に対する自分の好意への小さな疑問だった。