玩具箱
□閑話 参・伍
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軽く柳生との件の会話があるまでの出来事を綴ろう。
「変装?」
「そう。柳生はテニスでは仁王って奴とパートナーなんだけどよ。そいつは人を騙して敵を倒すっつー戦法を使う奴なんだよ。で、騙し技の一つに柳生と仁王が入れ代わるっつーのがあるって訳」
愴は資料を見ながら、横目で資料の提供者−−タカこと高ノ宮 賢治を覗いた。
「変装とは、完成度は高いのかい?」
愴の問い掛けに賢治は頷いた。
「かなり。見破るのは親でも難しいんじゃないか?」
「ちょっと待ってよ」
今まで愴の傍で黙って話を聞いていた梓が眉を顰めながら口を開いた。
「体格が似てたりするとしても所詮別人な訳でしょ?まあ、会う機会が少ない人は騙されるかもしれないけど、普段仲が良い人とかは気付くんじゃない?そこは完成度が高くてもどうしようもないでしょ」
「うーん。まあ、確かにな。じゃあさ、お前は、相手を見極める時何処で判断する?」
質問に質問で返され、梓は顔を顰めながらも真面目に考える。
「そりゃ、まずは容姿だけど。でも、例えば誰かが愴に変装しても私は気付けるわ」
「…それは何を根拠にして?見た目が丸っきり愴でも?」
「ええ。愴の全てを理解してるもの。体格も、癖も、雰囲気も」
「それだ!」
梓は急に叫んだ賢治に肩を震わせたものの、解答が気になったのか黙って賢治に言葉の続きを促せた。
「つまり、雰囲気の変えかたが上手い、という事かな?」
「そうだ。勿論変装自体も精度は高いんだが、容姿だけだとどうしてもボロが出る。だが、あいつらは化ける人間の癖や独特の雰囲気を出す事が上手い。まあ、最初から疑ってかかるならまだしも、誰かの事を普段疑って見る事は無いだろうからな」
愴の言葉に頷きながら賢治は話を進めていく。梓は説明を聞きながら未だ理解が出来ていない、といった表情を見せる。
「つまり、柳生君と仁王君とやらは、外見で人を騙すんじゃなくて、内面を上手く化かして人を騙すんだよ」
愴のかみ砕いた説明に、梓はようやく顔を明るくさせた。理解したようだと、愴は安心した表情になった。
「しかしだね、タカ。私は柳生君とは知り合いだが、人を騙すとかとは無縁な所に居る様に見えるんだが」
「ああ、その通りだ」
愴の問い掛けに賢治は頷く。愴は黙って賢治に先を促せた。
「テニスのプレイスタイルとして受け止めてはいるが、奴は元々騙すとか、そういうのとは無縁の人間だ。だからこそ、自分の変装を常にばれたがっている」
「ばれたがる?」
梓は賢治の言葉にすかさず突っ掛かる。
「人を騙す事に苦痛を感じてるんだ。同時に、紳士という事で通っていた己のアイデンティティを見失いつつある。だから、誰かに自分の事を『知って』、『理解』して欲しがる。そこで、夢野姫の登場だ」
「…大方、変装を見破って『私は柳生君の全てを理解している』とでも言ったんだろう」
「そんなん信じる?単純過ぎない?柳生って奴」
「恐らくだけど、柳生君は変装に嫌悪と同時に、自信も持っている。その自信をぶっ壊されたら、まあ、そりゃあなんでも信じちゃうでしょ」
愴の言葉で納得したのか、梓は「ああ」と声を上げた。
「で、どうすんのさ大将。データはこんなもんだぜ?」
「ああ、充分さ。…そうだね。夢野さんの模倣でもしてみようか」
「模倣?」
梓が疑問を投げかける。賢治も分からないのか首を傾げた。
「変装を見破るのさ」
愴の発言に二人は目を見開く。
「見破るって…」
「タカにはしばらく柳生君をマークして欲しい。そして、彼が一人で、かつ変装している時に私を呼んで欲しい」
その言葉にようやく賢治は理解したような顔をしたが、梓は相変わらず分からない、と言いたげな表情を見せる。
「つまりは夢野と同じ事をするのさ。変装を見破る」
「あ、成る程。でも、それで愴に惚れるとは思えないんだけど」
「いやいや、惚れられても困るよ。依頼は夢野とテニス部を引き離せなんだからさ。ちょっと疑問を与えればいいんだよ」
「疑問?」
「『どうして自分は彼女を好きになったんだろう』ってさ。後は勝手に悩んで良い方向に行くと思うよ」
梓は愴の言葉に「おー」と感心の声をあげる。
「ところで、お前何読んでんの?」
タカが愴の本を指差す。その本にはブックカバーがかかっていて端から中身を確認出来ない。
「『猿でも分かるテニスのマネージメント〜入門編〜』」
「濃いの読んでるわね。でもどうして?テニス部と直接関わる気はないんでしょ?」
梓の疑問に愴は顔をしかめて「んー」と唸り声をあげる。
「まあ、もしもの為さ」
「もしもって?」
「…例えば、私が夢野さんの立場なら。途中でテニス部の様子が可笑しくなったら、その原因をいぶりだそうとするよ」
愴の言葉に「まあ、だろうな」とタカが同意する。
「でも、夢野と愴じゃ頭の出来が違うわ。大体、逆ハー狙ってる時点で馬鹿丸だしじゃない。何も考えてないわよ、きっと」
梓の尤もな言葉に「まあ、そうなんだけど…」と、浮かない表情で答える。
物語は静かに動きをみせる。