玩具箱

□陸
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 『何でも屋』は愴の気まぐれで機能する。

 その日、愴はなんとなく第二資料室に居た。

 特に仕事熱心でもない愴は、タカからの報告を受けて、面白そうだと思った依頼しか受けない。

 学校内の情勢は全てタカが把握している為、誰がいつどんな依頼に来るかはおおよそ察知出来る。故に、愴はつまらない依頼をされそうな相手とは会おうとすらしなかった。

 そんな愴が、特にタカから報告もなく、その上1つ既に依頼を受けているにも関わらず、第二資料室に居るのを、隣で梓は訝しげに見ていた。

「ねえ、愴」

「なんだい、梓」

 愴は視線は自分の手元のカードに向けたまま、梓に返事をした。

「どういう風の吹き回し?」

「なんのことかな」

 梓は手元のカードの中から2枚カードを抜き出し、山札から2枚を引き直す。

「惚けないでよ。あんたが依頼中に此処来るなんて、どういう事よ」

「はは、どういう事って言われてもなあ」

 愴は一度手持ちのカードを眺めた後、全てのカードを捨てる。

 山札からカードを引きながら、愴は目を細めた。

「特に理由はないよ。何となくさ」

「…それで納得するとでも思ってんの?」

「いや、納得してくれないと困るよ。本当に、理由なんて無いんだよ」

「そんなの…」

「梓の言いたい事は、まあ分かるよ。短くは無い付き合いだからね。私は理屈っぽい人間だし、こんな本能的な行動に出るのは理解できないって訳だろ?」

「…ええ」

「まあ、間違っちゃいないんだけどねえ」

 パサッ、と持っていたカードを机に表向きに落とす。

「!ロイヤルストレートフラッシュ…」

 愴は軽く笑う。

「私はね、勘がいいんだよ」

 愴がそう言ったのと、扉が開いたのはほぼ同時だった。

「邪魔する。…お前らが、『何でも屋』か?」

 入ってきた男は、愴と梓を見て訊ねる。

「ええ。私達が巷で噂の『何でも屋』です!」

 愴が笑顔でそう答えると男は愴の顔をじっと見据える。

「…八木川愴。3年E組。成績、運動神経共に特出した所は無い。意外だな。お前があの『何でも屋』とは」

「…よく、私を御存知だね。初めましてかと思ったんだが、私の記憶違いだったかな」

「いや、初対面だ。だが、この学校の生徒のプロフィールは把握済みだ」

「成る程。噂通りの人なんだね。―――柳君」

 目の前の男―――柳は、愴の言葉に細い目を少し開いた。

「俺を知っているのか?」

「いやいや、知らない方が可笑しいでしょう?なんていったって君は生徒会書記で、学年首席なんだからさ」

 テニス部の、と言わなかったのは故意的なものだった。言っても良かったのだが、あまりこのタイミングで言うのは上手くない、と愴は直感で悟った。

「しかし、全校生徒のプロフィールを把握なんて、凄いね、柳君は。私なんて歴史の人物の名前さえまともに覚えられないというのに」

「あんたは理系だからね」

「…お前は、八木川と同じクラスの中森梓だな」

「あら、私も知っているの?光栄だわ」

「お前は、知らない方が可笑しいだろう」

「それはそうさ。なんていったって梓は、立海のアイドルなんだからね」

 そう言った後、愴は笑顔のまま柳に向き直った。

「えーと、柳君。それで君は、私達に何か用なのかな?」

 愴の言葉に、その場の空気が張り詰める。

「ああ」

「簡潔に頼むよ」

「ファンクラブを潰して欲しい」

 要求通り簡潔に言った柳に、愴は笑顔で頷く。

「成る程。お姫様の為ですね」

「…ああ」

 お姫様、という比喩めいた単語を、柳は瞬時に理解し、すぐに肯定を返した。

「高額の支払いも覚悟の上だ」

「…いや、まあ私達も商売だから、お金さえ戴ければなんでもいいんですけどねえ」

 愴は少し困った様に柳を見据える。

「これは、好奇心と親切心で言わせて貰うんだけど、…それって、君がやっちゃ駄目なのかい?」

「………」

 愴の質問の意味を柳は数秒置いて理解した。

 ファンクラブは邪魔な存在ではあるが、解散させること自体はそこまで難しくはなかった。元々、統率がとれているため、変に干渉されずに済む、という理由で黙認されていた組織である。生徒会である柳が、教師などに進言すればすぐに解散を余儀無くされるだろう。

「駄目だ」

「どうしてだい?」

「それは根本的解決にはなっていないからだ」

「…ふうん?」

 愴は方眉を上げて続きを促す。

「組織を無くしても、個々の意思がある。それじゃあ、何の解決にもならない。ただ、ファンクラブという名目が無くなるだけだ」

「…ああ、うん。そう言われればそうだね」

 愴は柳の言葉を反芻した後、納得した様に頷く。

「つまり依頼内容は、組織の壊滅ではない訳ですねえ」

「察しが良くて助かるよ。…二度と、俺達と関わることの無いように、手配して欲しい」

「…時間とお値段がかかりますよ?」

 探るように柳を見据える愴に、柳は不敵に笑った。

「先程も言ったが、金に糸目はつけない。まあ、無論常識の範囲内でお願いしたいものだがな。時間も、早いに越したことは無いが、無茶を言っている自覚もある。多少の理解は持ち合わせているつもりだ」

「いやあ、助かりますね。梓」

「はい」

 梓から手渡された紙にペンを走らせる。

「じゃ、まあこんな所ですかねえ」

 柳に紙を渡すと、柳は数秒文字を目で追いかけ、「了解した」と紙を胸ポケットへ仕舞った。

「支払いは?」

「依頼完遂後、また来ていただきますよ」

「後払いか」

「ああ、勿論さ。…ああ、あと1、2個条件を、というよりは、お願いが」

「何だ」

「1つは、今後依頼遂行にあたり貴方達に接触する機会が増えると思うんだが、私達は他人、ということにしていただきたい。そして、出来るならば私が動きやすいように協力して欲しいんだよ」

「…妥当だな。構わない」

「もう1つは、私達の事は他言無用でお願いしたい」

 その言葉に、柳の瞼がピクリと揺れる。

「構わない、が…。どう証明すればいい?」

 柳が周りに『何でも屋』について話そうとそうでなかろうと、柳からすれば「話していない」と言う他ないだろう。

「判断基準、という事だったら、何ら問題はないから安心してほしいなあ。ちゃんと此方で見張らして戴くからさ」

「どうやって?」

「そいつは企業秘密ってやつだよ、柳君」

 柳は暫く考えるように間を置いた後、「分かった」と頷いた。

「交渉成立だ」

「毎度ありがとうございました」

 ガラッと音が後ろから響き、何かと思い柳が振り向くと、梓が扉を開けて待機していた。

「それでは、失礼する」

「…柳君」

 柳が扉を潜る寸前で、愴はその背中に声をかけた。

「これは依頼とか関係無い、ただの私の知的好奇心から来る質問なんだがね」

「…なんだ」

「君は、夢野姫を愛しているのかい?」

 柳は振り返って愴を見やった。

 その目は、何か底知れない光を帯びていて、愴は鳥肌がたったのを感じた。

「愛している」

 柳は、口を開いた。

「愛しているという言葉を陳腐に感じてしまうくらい、愛している。姫が全てだ。姫が居ないこの世の中なんぞ」

 柳は気持ち程度に口角を上げた。

「必要ない」






――――――――――






「…狂ってるわね」

 柳が去った扉を見ながら、梓は呟く。

「夢野姫以外は石っころみたいな認識なんだろうねえ。何せ、梓を見ても全く反応なしときた」

「…ねえ、愴。大丈夫なの?」

 梓の言葉に、「何がだい?」と答える。

「ファンクラブの依頼は、『夢野姫とテニス部を引き離す事』で、柳は『ファンクラブの壊滅』なんでしょ?これじゃあ、矛盾しちゃうんじゃ…」

「…いいや?何にも問題はないよ」

 愴はニコニコしながら携帯を弄る。

「テニス部から夢野姫を引き離して、ファンクラブを壊滅させればいいんだろう?」

 あ、と梓は呟く。その後、成る程…、と感嘆の声を上げた。

「…でも、後払いにしちゃっていいの?確かに理論上愴の言ってることは通るけど、納得しないんじゃ…」

「そこは勿論、皆納得する形にするのが、私の仕事じゃないか」

 愴は未来を見据え、不敵に笑った。



  

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