なにこれ理不尽過ぎるよ。
□それでも私はやってない。
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『平和島さんお騒がせ事件』(私命名)から3日。私は平和に生きている。いや、平和に生きていた、が正しい。
20分前、さっちゃんと暇だからと言って大富豪をやることにした(相変わらず二人でやるゲームではない)。あれ、なんかデジャブ、とか思いながらもいざ勝負!と意気込み。
「なん…だと」
いやー、さっちゃんがチートなんだよね。なんていうか、8・2・ジョーカーのコンボからの上がりは予想できなかった。人間なのか疑問を持っちゃうね!
嫌な予感しかしなかったけど恐る恐る罰ゲームの内容を訊ねた。きっと「コンビニでジャンプ買ってこい」とかそんなお願いの筈だ、とか考えた数分前の私まじぶん殴りたい。
「折原臨也に何か悪戯してきて」
さっちゃんがそんなに優しい訳ねえだろうがああぁぁ!!
悪戯って、何だし。何故に悪戯。しかも平和島さんと違って細かい指定がないから怖い。っていうか何故に折原臨也。折原臨也とかいえば、平和島さんに次ぐ危険人物じゃないか!絶対やりたくない!
「卵かけご飯三杯」
「やります」
絶対食べたくありません。
―――――――――
時は過ぎ場所は新宿。
私の鞄には折原臨也に悪戯するためのある物が入っている。
ああそうさ、私はやる気さ。折原臨也に悪戯仕掛けてやんよ。死ぬときは派手にやれって、昔学校の先生が言ってた。
「いた」
だからさぁ。なんでいつもタイミング良く居るのかなぁ。平和島さんにしても、いなけりゃお互い幸せだったんだよ、全く…。
折原臨也は全身を黒で包み(何で7月にファー付きの厚手の上着着てるんだろ)、サークルKの袋をぶら下げていて(意外と普通だな)帰宅途中なのだろうと推測できた。あー、私も早く帰りたいよ。出来ればこのままなにもやらずに。
しかしそうも言ってられない。私の夕飯がかかっている。
腹をくくれ、桂里。女を見せるんだ!
私は鞄の中のビンを掴みながら目標に向かって地を蹴った。
――――――――
「………」
「………………」
正座する私の前には(以下略)。
もうまんま平和島さんと同じパターンなんですけど。あえて違う所を挙げるなら平和島さんは青筋たてて怒っていたのに対し、折原臨也は気持ち悪いくらいニコニコして私を見下ろしている事ですかね。これはこれで怖い。
むしろ今回の方が怖い。
「それで?」
「…はい」
「一応俺にこれを投げ掛けた理由を聞こうか」
そう言う折原臨也の手にあるのは私が持ってきたビン(空っぽ)。
あのあと、悪戯を仕掛けたと同時に避けられ、サークルKの袋に被害があっただけで折原さんに直接的被害はなかった。
直ぐ様逃げ出した私だが、陸上選手涙目のスピードで走る折原さんに捕まり、連行。
…現在地、折原宅。
正確な情報を伝えれば、折原さんはフカフカしてそうなソファーに腰掛け、そのすぐ下の床で私が正座をしている、という訳だ。
何が怖いって、私が此所から無事に出られる気がしないって事だよ。
家の中はあかんやろ。ナイフで斬られても周りに気付かれないから普通に殺されるし。なんで付いてきた私!折原さんが怖かったからだボケ!
「ば、罰ゲームで…」
「罰ゲーム?」
折原さんが訝しげに訊ねてくる。ええ、罰ゲームですよ。
私はここまでの経緯を出来るだけ噛み砕いて説明した。平和島さんみたいに長い説明は嫌がるかもしれないしね。折原さんは時々「ふーん」とか「なんだそれ」とか相槌をうちながら(二つ目のは相槌ではないが)、私の説明を聞いていた。
説明を聞き終えた折原さんは暫く考える表情を浮かべた後、私に向き直ってきた。どうでもいいけど足が痺れてきた。
「『何か悪戯仕掛けて』って言ったって事は、悪戯の指定はないんだよね」
「ええ、まあ」
「つまり、この悪戯は君のセレクトな訳だ」
「そういうことになりますね」
折原さんはにこりと微笑んだ。…あ、嫌な予感しかしない。
「なんで硫酸ぶっかけようとした?」
あ、これは怒ってるなこの人。うーん、やっぱり硫酸はやめた方がよかったか。私もこれは流石に、って理科室から盗むときに思ったんだよねー。結局これにしたけど。
「いや、だって例えただの水ぶっかけても、折原さんは怒ったですよね?」
「それは多分俺じゃなくても怒るよ」
「だったら何やっても一緒かなあって」
「いや、これ悪戯じゃ済まないレベルだからね。『御免なさい』でもどうにもならない領域だからね」
「やっぱり駄目ですか」
「駄目だよ」
よくよく考えると人に硫酸ぶっかけるとか(未遂だけど)下手したら犯罪だよな(普通に犯罪)。警察連れていかれたらアウトだ私。
「硫酸なんてわざわざ理科室か何かから盗ってきたんでしょ?なんでそんな面倒な事したの」
ギクリ。
折原さんの純粋な疑問に、私の肩が大袈裟な程揺れる。
「………」
「………………」
変な汗が流れてきた。
「なんでかな?」
うわあぁ…。また折原さんがいい顔になっちゃったよ。顔が良いだけに凄みが絶大だよ。なんかもう帰りたいよ。
「………」
とりあえず無言を突き通したら折原さんも諦めて…。
「な・ん・で・か・な?」
「すみません。言います」
くれるわけないですね。はい、知ってました。
「…怒りません?」
「それはものによるね」
うう、しかし黙ってやり過ごすのは無理だと判明したから言うしかない。
「…いや、なんか折原さんって割りと物騒な噂多いじゃないですか」
「(面と向かって言うか。事実だけど)それで?」
「泥水とかかけたらナイフで滅多刺しにされるかもじゃないですか」
「君の選択肢の中に『かけない』はないんだね」
「でも私運動神経皆無ですし」
「無視?まあ、確かに君の足は遅かったね」
「ええ、ですから普通にやったら捕まると思いました」
「…それで、硫酸」
「相手が動けなくなれば捕まらないかと思いまして」
「………」
私の真剣な回答に折原さんは頭を抱え始めた。え、なんで?
「君ねぇ、硫酸は流石に死ぬからね。シズちゃん位なら平気だろうけど俺は普通の人間だから」
「(シズちゃん?)やっぱりそうですかね。まあ足とかならセーフかと思いまして」
「いや、ギリギリでもなんでもなく余裕でアウトだよ、それは。しかも足とか言ってるけど、あの時避けてなかったら顔面直撃だったからね」
いやー、この年で刑務所は流石にきついんだがなあ。
「くっ…。さっちゃんの指令があんなんじゃなければ」
「君さっちゃんと友達やめたら?」
それ平和島さんにも言われたな。確かに時々さっちゃんと友達で涙が出る日もあるけどね。優しい所もあんのよ、あの子。あ、どうでもいいですね。すみません。
「あ、あの、警察は勘弁してくれませんかね」
「えー、今更何言ってんの」
「うう、さっちゃんに怒られちゃいます」
「なんでさっちゃん出てきたの。さっちゃんなんなの」
「さっちゃんはさっちゃんです。きっと私が刑務所に入ったら保釈金を払ってくれます。そして私の夕飯が卵かけご飯になります」
「最後の凄いどうでもいい情報なんだけど。ていうかさっちゃん何者なんだよ」
私もよく知らない。出来れば知りたくもない。
「うう、卵かけご飯だけは…!なんでもしますから!」
「卵かけご飯が一番問題なんだ。…じゃあ」
何を言われるんだろう。余程の無茶ぶりじゃない限りは対応するつもりだ。「ドラゴンボール7つ集めてきて」とか言われたら積むけど。この話の流れで卵かけご飯食べろ、って命令だったら折原さんは最低だね。
「えーと、名前は?」
「桂里です」
「桂里ちゃん、ね。連絡先教えてくれる?」
What?
「連絡先、ですか…」
「そう。携帯で良いからさ、電話番号とメアド、全部」
なんでや、と突っ込みたい所を抑える。何に必要か分からないが、とりあえず減るものではないから良い。いざとなれば携帯変えれば済む話だしね。
「いいですよ」
折原さんはアドレスを交換した後、「まあ、暇潰しに連絡入れるかもね」と言い残して去っていった。
…引っ越そうかな。