なにこれ理不尽過ぎるよ。
□そんなフラグは立てたくない 後編
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はあはあ、と息切れを起こす私とは対照的に、目の前の男は悠然と佇んでいる。これが普段から死線を乗り越えている人間とインドアな人間の差だろうか。…無情だ。
「とっ、とりあえず、此処まで来れば追って来ないんじゃないですかねっ」
まあ、もう私虫の息なんですけどね。来たら死ぬ。
「………」
「…?臨也さん?」
無視か。無視なのか。巻き込んだ上に無視とか、この人マジで人でなしだなオイ。
「どうして俺も連れてきたの?」
「え」
「もう掴んでなかったんだから、俺を置いて逃げれば済んだと思うけど」
「!」
言われてみりゃそうだ。なんでわざわざ狙われてるこの人連れてきたんだ。平和島さんは臨也さんに用があったんだから、私だけ逃げりゃ安全だったのに。
「…その発想はなかった!」
「君、馬鹿?」
「ううっ」
面と向かって言われた…!
「ま、まあ、結果として二人とも無事に逃げ切れたんですから良かったじゃないですか!」
そうだ、結果オーライだよ!私は自分も臨也さんも救ったんだ。
「…君さ、巻き込んどいてなんだけど、俺に恨みとか無いわけ?」
「…はあ」
本当に巻き込んどいてあれやな。ていうか何でちょっと呆れた感じなんだよ。
「いや、臨也さんが最悪で、マジで嫌な人でなしってぐらい分かってましたし」
「グッサリいくね」
「事実ですし」
気を使う必要がどこに。
「まあ、今更ですよね。こういう事になるの、分かっていて付き合い続けてましたから。臨也さんの事、ちゃんとある程度理解してますよ」
「………!」
「まあ、それでも一緒に居るのは、半強制っていうのもありますし」
まあ、それが理由の大半なんだけどね。
「あとは、何だかんだで貴方と居るのは楽しいですから、仕方ありませんね」
私が笑うと、臨也さんは暫く呆けた後、大声で笑い始めた。
「ほうあっ!?」
急に笑い始めたぞ、この人。なんだなんだ、ついに気が狂ったか。…いや、割といつも狂ってるか。
「いやあ、本当、面白いね、桂里ちゃん」
「今そんなに面白いこと言いました?」
「言った言った。あー、超笑った」
そうですね。超笑ってたね。私は未だについていけてませんけど。
「君さ、あれでしょ。進んで面倒ごと突っ込むタイプ?」
「…いや、面倒ごとが私に突っ込んでくるタイプですね」
例えば今だな。
「成る程。まあ、君って偽善者って感じじゃないしね」
「…ギゼンシャ?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、「うーん、そうだなあ」と臨也さんは思案する表情をする。どうやら私に説明する言葉を探しているらしい。
それにしても、機嫌が良すぎて気持ち悪い。
「つまり、自分を犠牲にしても、他人を助けてあげたいと考える人間の事、かな」
「えー?」
なんだそりゃ。自分より他人?
「気持ち悪いですよ、そんな人」
「いやあ、それが世間では美しい、って評されるんだよ」
「へえ」
あれ、でも、ギゼンシャって多分漢字にすると偽善者、だよな…。
「でも、ならなんで偽善なんですか?」
「んー?あのね、そうやって美しい思考は持つけど、それを実現しない人を、そう呼ぶんだよ」
「ああ、見て見ぬふり、ですか」
私は納得して頷く。
「保健所に連れていかれる犬を見て、可哀想と言いながらも引き取ろうとはしない。虐められている同級生を見て、こんな事は良くないと言いつつ行動に起こさない。世の中、大半の人間は偽善者だと言っても過言じゃないね」
「偽善者は悪いんですか?」
「いや、世の中大多数に含まれる人間を悪とは呼ばない。いつの世の中も、大多数が正義で、それ以外が悪だ。それが正しいとか、間違っているとかは、俺達粗末な人間が考えちゃいけないんだよ」
臨也さんの言うことって理屈っぽいけど、実際そうでもないよな、なんて考えてしまう。まあ、要するに面倒臭い。
「で、偽善者は分かりましたけど、結局結論はなんですか?」
「俺は偽善者が嫌いだけど、君はそうじゃなかったみたいで安心した、ってこと」
ニコニコしながらそう言う臨也さんに、私は首を傾げる。
「つまり、臨也さんの認識の中で、今まで私は偽善者だったんですか」
なんてこった。とんだ心外だ。
「いやいや、悪く思わないでよ。ただ、君も大多数の一人だろうって考えていただけだ」
「…臨也さんって、偏見意識強いですよね。良くないと思いますよ」
「本当だよねえ。いやあ、全く」
全く悪びれてない臨也さん。…なんか疲れた。
「あー、まあいいです。とりあえず、今後は私を巻き込むのは控えてくださいね」
「…どうかなあ」
結局、また巻き込まれるんだろうなあ、とか呆れながら私は臨也さんと別れた。
帰ったら「遅い」と言われてさっちゃんに殴られた。
踏んだり蹴ったりだよ!