私と親友。
□プロローグ
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私の親友は、可哀想な子だと思う。
親からも、クラスメイトからも、愛を得られなかった彼女は、二次元に愛されることを選んだ。
学校には行かずに家に閉じ籠もり、漫画を読みあさりゲームと会話する。ゲームは全部乙女ゲームだった。
彼女が引きこもったのは何時だったか。確か、小学校は通っていた。中学は、休みがちになっていた。…まあ、どうでもいいことだ。
彼女には、ちゃんと親は居る。
母親は元タレントで、父親は弁護士。
聞くだけ聞けば、嗚呼なんて理想の家族。
母親はタレントなだけあって美しいし、父親も整った顔立ちで、近所からも評判だと私の母は言っていた。
でも、娘は出来損ないだった。
醜いとまでは言わずとも、お世辞にも可愛いとは言えない顔立ち。出来が良いとは言えない頭脳と運動神経。唯一両親から受け継いだのは高飛車な性格くらいだろう。
お陰で親友には友達一人出来やしない。いや、友達と親友は別カウントとして考えてだけど。
私は毎日引きこもりの親友の世話をしている。
本当は、親友とはいえ私にそんな事をする義理はないんだが、親友の親は呆れて娘の世話を放棄した。おそらく彼等の中では私は親友の世話係なのだろう。私に毎月余るほど金を渡してくる。娘の養育費のつもりなのか、私へのお礼金なのかは知らない。まあ、主に親友のゲームや漫画に消えていくわけだが。
親友は言った。
私はこの世界に居るべきではない、と。
引きこもりの末期症状だろうか、と私は安易に受け取り、そうかもしれないね、と軽く答えた。まあ、実際彼女はこの世界に適応出来ていなかったし、あながち間違いではないかという考えから返事をした。ただ、現実ではこの世界から抜け出すには、死ぬしか方法がないというだけだ。
そう考えていた。
私は気付けば白い部屋に居た。
真っ白で、何も無い。あるのは、前と後ろに、扉が一つずつ。
「此処は…」
私は此処を知らない。さっきまで何をしていた?確か私は親友の家に行ったんだ。それで親友の部屋を覗いて…。
『気が付いたかい』
「……誰?」
声の方を振り替えれば、そこには人が居た。
男とも女とも取れる中性的な容姿の彼(断定は出来ないが仮にそう表現する)は、私を品定めするように眺めた。
『ああ、私は、そうだね。君達【人】が【神】と呼ぶ存在に、最も近い存在だ』
「………は?」
これは、あれか。春先に多い例のあれな人か。そういう類いの人間は私としては親友だけで一杯一杯なんですけども。
『この部屋、何か分かる?』
「…さあ、検討もつきませんね」
『そう、そうだよね。なら質問を変えよう。“なんで君はこの部屋に居ると思う”?』
「そんなの……」
いや、待て。
その通りだ。何故私は此処に居る?
初め、誘拐かと思った。けれど、すぐに違うと理解した。
誘拐された、としたら、私は犯人(例えば目の前の彼)に気絶させられ、その間にこの空間に移動させられた事になる。
だが、気絶をしていた覚えがない。というより、本当に瞬間移動したのでは、と錯覚しているほどだ。ああ思い出せ。私は、親友の家に行ったんだ。親友の部屋の扉を開いて、それで…。
『無理は良くない』
「!」
『別に考える必要はない、というより、無駄なんだ。だって、常人にわかり得るはず無い空間なんだここは』
私は彼の言葉を無視して考えた。仮にだ。彼が誘拐犯だとして、私は親友の家で捕まった訳だから…。
「愛美はっ!?愛美は何処なの!?」
何故最初に思い付かなかった。親友――愛美の家で誘拐されたということは、犯人の目的は私ではなく、むしろ愛美だ。タレントと弁護士の娘。誘拐するには充分の人材だ。最も、それによってあの両親が動くは別の話だが。
「あんた!愛美を何処へやったのよ!」
『…君は、君の親友とは違って、随分と現実主義者の様だね』
「何を…」
『…もう、時間が無い』
話のキャッチボールが成立しない。…彼は、何を言っているのだ。
『簡潔に話そう。君は今から、【テニスの王子様】という漫画の世界、所謂、パラレルワールドに行って貰う』
「なにそれ…」
まるで冗談みたいな話。
そういえば、愛美が最近ハマっていた携帯の、なんだったか、夢小説?ドリーム?私は携帯なんか連絡でしか使わないから分からない。まあ、逆に愛美にはそういう本来の用途は使わなかったが。両親と私しか電話帳に記録されていない携帯で、最近はずっとそんなのを見ていた。そう、最近ハマっていたのはテニスの王子様の夢小説だった。
「なんで」
『君の親友が望んだから』
やはり、そうなのか。
「私は関係ないじゃない!」
『彼女の望みはみっつ。一つは誰もが羨む美貌。二つ目はなに不自由無い経済的免除。そして三つ目は、君を共に世界に連れて行くこと。ああ、ちなみに立海って所に行く事になる』
「そんな…」
あの子は、愛されたいと願って、世界を渡ることを選んだ。それは、もう分かった。でも、私は違う。私は愛されていたし、不満もなかった。
家族も友達も、…好きな人だって、居た。違うんだよ愛美。私は、あんたの味方だとは言ったけど、あんたと心中する気はなかったんだ。ただ、一緒に生きたかったんだ。
「嫌、嫌よそんなの!私は、私は帰る!私は、私はあの世界が良いの!」
『…駄目だよ。その代わり、みっつ。願いを叶えるよ。勿論、元の世界に戻る、以外でだけど』
「っ…」
涙がぼろぼろ落ちてくる。帰れない?ああ今日の夕御飯は、お母さんが唐揚げだと言っていた。そういえば、一人暮らししてるお兄ちゃんが帰ってくるんだ。お父さんも今日は早いと言っていた。そんな家に、私は帰れないの?ねえ、帰れないの?
『君は…』
「………死ぬ」
『え』
「死んでやる!殺して!私は死んでやるの!皆の居ない世界なんていらない!死んでやる!」
無理だ。耐えられない。そう感じた瞬間、私は沸き上がる激情に身を委ねた。
『っ、落ち着け』
私は何か触手の様な物に押さえ付けられた。ヌルヌルして、気持ちが悪い。だが、感情は収まらない。
「放しなさいよ!死んでやる!死んでやる!」
『頼む。落ち着いてくれ』
「………………………して」
『……』
「殺して……」
無理だ。暖かい世界で生きた私は、その温もりがなくなったまま、生きることは、出来ない。
『…では、あちらの世界に1人送られる親友は、放っておいて構わないのかい?』
「!」
『まあ、勿論。これは彼女の自業自得だから、放っておいても君に罪は問われないだろうが』
「でも…」
『(………)分かった。こうしよう』
「………」
『君の親友の願いは、テニスの王子様の世界で【愛されること】。それを、君が私の代わりに遂行する事が出来たら、元の世界に帰らせてあげよう』
「そ、れは…、本当に?」
縋る様に目の前の彼を見つめる。
『…ああ、本当に』
「…やるわ。帰れるならば、私はなんだって」
『なら、みっつ。願いを叶えるよ』
「…不自由無い経済的免除。テニス部の誰かとの何らかの関わり。あとは、どうでもいいわ」
『なら…保留だね。さあ、細かい説明はあちらに着いてからだよ』
その言葉を最後に、私の意識は暗転した。
『…ごめん』
彼の悲しげな呟きは、私の耳に届く事はなかった。