私と親友。
□4話
1ページ/1ページ
学校に来て、まず目に入った仁王に挨拶する。
「おはよー、仁王君」
「はよーさん、早いのう」
「まあ、転校早々に遅刻は不味いじゃない?」
「まあの」
私に少し遅れて、丸井も入ってきた。
「お、仁王に霙。おはよー」
「おはよーなり」
「おはよ」
それから私達は他愛もない話をして、ホームルームが始まるのを待った。
――――――――
「ああ、そうだ水無月。ちょっと来い」
ホームルームが終わったところで、担任から呼び出しを受けた。周りの人は何かあったのかと心配していたが、特に後ろめたい事も無かったため、大丈夫だと言って担任の元へ向かった。
「昨日の部活の件だがな」
「はい」
「聞いてみたんだが、実はあそこは正式な顧問が居ないらしくてね。そういう申請については、全て部長の子が受け持っているそうだ」
「そうなんですか」
「悪いんだけど、直接尋ねてくれないかな」
部長ということは、十中八九幸村 精市だろう。まあ、いずれは会うことになるんだからと、了承した。
「悪いね。一応大まかな事は本人に伝えてあるからさ。頑張ってね」
先生は幸村のクラスと大体の容姿を伝えて去っていった。
頑張る、か。幸村 精市とは、一体どんな人間なのだろうか。漫画を見る限り穏やかそうに見えるが、技はえげつないものだ。相手の五感を奪うとか、そういうやつだ。漫画は一通り目を通したが、彼の私生活なんて漫画には載っていなかったし、私は愛美ほど好きではなかったからファンブックなんてきちんと読んだことはなかった。
「…とりあえず、会いにいこうかしら」
―――――――
「すみませーん」
担任の言葉が間違っていなければ此処だ。私は教室の外から中に声をかけた。
「あー、どーかした?」
答えたのは私の居る扉の付近にいた男子生徒だった。
「幸村精市って居るかしら」
「ああ、告白?やめといた方がいいよ。競争率高いし」
「違うわよ。第一、会ったことない人に告白なんてする筈ないじゃない」
「会ったことない?ああ、あんたもしかして転校生?」
男子生徒の言葉に頷くと、へーあんたが、と興味深げにこちらをじろじろ見てくる。非常に不愉快だが、にこやかにかわす。
「…それで、いるのかしら」
「ああ、居るよ。告白じゃないならなんだよ」
「…ちょっと、頼みがあるのよ」
聞いておきながら私の言葉にふーん、と興味なさげに相槌をうち、男子生徒は幸村を呼びに行った。
「俺を呼んだのは君かい?」
現れたのは緩いウェーブのかかった髮を靡かせた、綺麗な少年。儚い。それが第一印象。
「ええ、どうも。水無月 霙よ。よろしく」
「よろしく。君が、先生の言っていた人だね?…込み入った話だし、放課後に屋上に来てくれないかい?そこで詳しく話そう」
「…そうね。分かったわ」
授業に遅れるのはこちらとしてもおいしくない。私は一つ頷いて幸村の教室を去った。
―――――――
「部活はいいのかしら?部長なんでしょ?」
「優秀な奴らが居るから問題ないよ。じゃあ、本題に入ろうか」
幸村は柔らかい笑顔を私に向けて言った。
その笑顔が嘘なのか本当なのかは、私には分からない。ただ、興味もない。
「まず、動機を聞いてもいいかな。どうして、テニス部のマネージャーに?」
「動機」
思わずおうむ返しをしてしまう。
動機。まさかそんなものを尋ねられるとは思わなかった。当たり前の質問だけど、もっと可笑しなものを言われると思った。…それは、私がこの世界をどこかでまだ漫画の世界だと思ってしまっているからだろうか。
「…そうね。私、テニスが好きなのよ」
「なら女子テニスに入ればいい」
「私は、才能がないのよ。才能のせいにするのは良くないけどね、昔コーチにもそう言われたのよ。一応小学校ではクラブに入ってたけど、全然駄目。でもテニスは好きだから、それ以来はもっぱら見る専門になったの」
「なら、マネージャーになる必要性はないんじゃない?」
「まあ、そうね。ただ、テニスについて、もっと関わりたいのよ、私。だったら、マネージャーがいいかしらってね」
「テニス部なら女子もある」
「失礼かもしれないけど、私男子のテニスの方が見ていて好きなの。力強さとか、やっぱり桁違いだもの」
私はおお嘘つきだ。自分の為に、平気で嘘をつく。テニスなんて興味はないし、試合だって見たことない。
幸村の問いかけに私がひたすら答える、という謎の形式が出来た。
というか、なんでこんなにしつこく尋ねられるのだろうか。いいじゃないか、マネージャーになるくらい。
「…俺達は、全国で優勝する学校だ。マネージャーとはいえ、生半可な覚悟で挑んで貰いたくない」
…成る程。確かに適当に入られたら困るだろう。だからあんなにしつこく聞かれたのか。納得した。彼は、強い『勝利への執着』を持っている。漫画と、同じように。
「勿論。中途半端は嫌いなの」
これは本当。私が元の世界に戻る為だ。本気で彼等を優勝させるように努力しようじゃないか。
「分かった。君をマネージャーとして認めよう。ただ、君がマネージャーとして駄目だと判断した場合は辞めてもらうよ」
「構わないわ」
これが、私と幸村 精市のファーストコンタクト。これからどうなるのやら、私には分からない。そんな事はどうでもいい。私の目的は、元より一つなのだから。