私と親友。
□5話
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マネージャー一日目。放課後となり、私はジャージを着て、仁王と丸井と共に部室に足を踏み入れた。
「今日からマネージャーをしてもらう、水無月霙さんだよ」
幸村の紹介にならって、前に出る。
「水無月霙です。やるからには誠心誠意やらせて頂きますので、よろしくお願いします」
出来るだけ愛想よく挨拶をすると、部員達から拍手が送られる。
「仕事は柳に聞いて欲しい。柳」
「柳だ、よろしく」
「水無月よ、よろしくね柳くん」
軽く握手を交わし、幸村の言葉により部員達は練習を始め、私と柳は部室に残った。
「では、始めよう」
「お手柔らかに頼むわね」
「努力しよう」
―――――――
「―――で、これを時間になったら部員に配って欲しい」
「成る程ね」
「まあ、決まっている事はこれくらいだ。ある程度の変更なら俺か精市に言ってくれれば検討次第了承するつもりだ」
「そう、…大体分かったわ。ありがとう、柳くん。後は実践で学ばせて貰うわね」
彼女への感想は、聡明そうな人。
今まで誰の頼みでもマネージャーを断っていた精市が受け入れた女、水無月 霙。
美人でも不細工でもない、すぐに忘れてしまいそうな凡庸な女性。だが、会話の端々から聡明さが感じられて、話していて敬意に値する人間だと納得できた。精市がどうして彼女を入れたのかは分からないが、少なくとも俺は今のところはその判断は間違っていないと思う。
「ああ、そういえば、質問いいかしら」
「ああ、構わない」
「他のマネージャーは居ないの?」
俺は思わず眉を寄せた。水無月は意味が分からないのか首を傾げている。
今、テニス部の抱えている問題の一つになっている。
本庄 愛美。
水無月の前の週に転校してきた女。
精市のクラスに転校してきた彼女は、美しい女性だった。昔読んだ絵本に出てきた姫の様だと、本当に恥じらいもなく思ってしまった。だが、それはあくまで外見だけの話だ。
『蓮二ぃ、私テニス部のマネージャーになりたぁい』
全身が嫌悪感を示した。ただでさえ、ミーハーという部類の人間は嫌いなのに、期待しただけに、落胆した。
勿論断ったが、何故か学校側から本庄を入れろという指令が出されている。あの女は何者なんだろう。いや、それよりも、どうすれば奴の入部を阻止できるのだろう。それがテニス部の目下の悩みだ。
「柳くん?」
「…ああ、今は居ないが、一応希望している奴が他に居る」
そう言うと、水無月は少し嬉しそうな顔をした。意味が分からなくて尋ねると、苦笑いして恥ずかしそうに言葉を溢した。
「弱音みたいになるけど、仕事多いもの。一人でも頑張るけど、他の人が居れば心強いわ」
それは確かにそうかもしれない。しかし、本庄がプラスの要因になるとはとてもではないが考えづらい。だが水無月はどうやら本庄は入ると既に思い込んでいるようだ。恐らく、自分が簡単に入部出来たから他の人間も同じだろうと考えているのだろう。事実、本庄が入部するのはほとんど確定事項だ。
「まだ入るかは分からないがな」
「どうして?やる気があるなら入れれば良いじゃないの」
「…少し内面に問題がある女なんだ」
そう呟くと、水無月は顔を少ししかめた。それは本当に一瞬だが、確かにそうだった。
「内面に問題があるかは、まだハッキリしないわよ!ちょっとチャラチャラしてても、根は良い子ってパターンもあるんだから、ね?」
次に見たときは自然の笑顔だったため、俺は気のせいだと流すことにした。
―――――――――
危なかった。
愛美の話題が出るとつい表情に出てしまう。こんなところでモタモタ出来ないというのに。
とにかく、愛美を引き入れないといけない。てっきり、愛美はもうマネージャーになっていると思っていたのに。とんだ想定外だ。
「マネージャーは多いに越したことはないわよ」
「…だがな、それは」
「どうしたんだい?」
柳に問い詰めていると、幸村が現れた。
「…幸村くん」
「やあ水無月さん。仕事は平気そうかい?」
「ええ、柳くんは教え方が上手なのね。とっても簡単に覚えられたわ」
幸村は、苦手だ。全てを見透かしてしまいそうな、あの透き通った瞳で見られることが、特に。
「そう。それは良かった。ところで、なんの話をしていたんだい?」
「……他のマネージャー希望の人が居るなら入れれば良いじゃない、って話」
「…ああ、本庄さんか」
幸村が納得した様に頷く。柳と違い、あからさまな嫌悪は見えない。
「私はよく知らないけど、どうにかならないの?」
「俺は別に良いけどね。やる気があるなら。ただ、彼女のやる気が窺えない」
「…やる気?」
「君には少なくとも『やってやる』っていう気迫は感じたからね。まあ、何に対してかは分からないけど」
ギクリ。漫画のような効果音を鳴らすならまさにこれだ。勿論表面には出さなかったが。まるで幸村は私の全てを知っているのではないか、と思わず錯覚してしまう。
「やる気さえ見れれば、考えるよ」
その言葉は、私が元の世界に戻るための試練の様にも聞こえた。