私と親友。


□8話
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 私は、あまり遠回りに事を進めるという事が苦手だ。それは多分、私が今までそうしなきゃいけないような、後ろめたい事がなかったからだと思う。だって、普通に生きていたら、後ろめたい事なんてないじゃないか。

 だから、今いくら後ろめたい事があっても、回りくどい真似をする気にはなれない。

「本庄さんを?」

「ええ。是非とも彼女をテニス部のマネージャーとしてお薦めしたいわ」

「霙。ちょっと待ちい。それは俺は賛成できんぜよ」

「水無月の判断は概ね信用に値するというデータではあるが、俺もそれに関しては賛同しかねる」

 幸村へ向けた言葉に、仁王と柳が反論する。

 予想はしていたけど、よりによって理屈っぽいこいつらか。面倒だ。

「水無月さんは、彼女に何か思い入れがあるのかい?」

「…ええ。あの子、以前同じ小学校に居たの。変わった子だけど、悪い子じゃないのよ。駄目かしら」

 あくまで『ちょっとした知り合い』だ。あまり仲良い事がバレると、動きにくい。

「そうだね…。まあ、俺も別に彼女が悪い子だと言っている訳ではないよ。素直そうな子だし」

「なら」

「でもね?良い子であることは、マネージャーの条件にはならない。必要なのは、やる気のある子だよ」

 優しく諭す幸村は、残酷だ。周りの様に根元から愛美を毛嫌いするんじゃなく、きちんと愛美を判断してから、愛美を否定する。

 でも、…諦める訳にはいかない。

「やる気があるか、分からないじゃない。お試しでもいいわ。もし期待に添えられなかったら、私も責任をとる」

「霙…?」

「…君は、彼女とは『昔の友人』なんだよね?どうしてそこまで入れ込むのかな?」

「………」

 しまった。内心で舌打ちをうつ。踏み込みすぎたと瞬時に後悔した。

「…私は、あの子を助けたいの」

「…?」

「あの子、親から愛されなかったの。だから、愛し方も、愛され方も知らないのよ。でも、あの子はあなたたちとなら、大丈夫かも、って言ったのよ。だから、…」

「愛されなかった?」

「…詳しくは言えない。あの子の話だし。でも、あなたたちなら、あの子は変わるかもしれない。…お願い、します」

 私は深く幸村に頭を下げた。少しでも、私の言葉であの子の印象をよくしなくちゃいけない。じゃなきゃ、なんのためにマネージャーになったのか分からない。

「…1週間」

「え」

「1週間、本庄さんを仮のマネージャーとして扱うよ。それで、大丈夫そうならそのまま採用する。でも、駄目だと判断したら、諦めてもらうよ」

 幸村の提案は、願ってもないものだった。

「幸村、それは」

「柳。君らが彼女の事が嫌いなのは分かるけど、水無月さんの意見だって尊重しなくちゃ駄目だよ」

「?どういう…」

 言っている意味が分からず、幸村の真意を確かめる様に窺う。そんな私に対して、幸村は笑った。優しく。

「水無月さんは、俺達の仲間だから。仲間の意見を、聞き入れない訳にはいかないだろう?」

 言葉が、出なかった。

「…あ、りがと」

 幸村の言葉を聞いた瞬間、いや違う、あの笑顔だ。全てを包み込む、あの優しい笑顔を見た瞬間。自分が酷く醜い人間に見えた。

 愛美の為に、自分の為に、他人に媚びて、偽って。

 何してるのか、よく分からなくなった。

「水無月さん?」

「!…あ、ごめんなさい。なんでもないわ」

「顔色悪いんじゃなか?」

「本当、なんでもないから…」

 見ないで欲しい。今の私を、見ないで。

「今日は、休みなよ」

「え…、でも」

「今日はミーティングだけだから大丈夫だよ。…仲間なんだから、甘えな」

 止めてよ。優しく、しないでよ。

「ご、めんね」

 休むことに謝ったのか、こんな私を仲間と呼んだ彼に謝ったのか、分からないけど。

 半ば飛び出すようにその場を去った。

 その場に居られなかった。汚ない、私は、汚ない。耐えられない。

「霙ー?」

「ま、な…み?」

 呼び掛けられた声に、顔を上げた。

「ねえ!どうだった…って、…霙?」

 私は、ほぼ無意識に、愛美に抱き付いていた。

「…ごめん」

 …そうだ。この子の為に、私はどんなことでもすると、あの日決めたじゃないか。

 汚れたから、なんだ。構わないじゃないか。

 

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