私と親友。
□10話
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あの子には何もさせなくて構わないから。
そう私に言い放った愛美の両親の事を、ふと思い出した。
あの頃はそれはもう憤怒して「それでもあんたらは愛美の親なの!?」と喚き散らしたものだ。だけど、今思えば、あれはあの両親の愛だったんじゃないかと思える。いや、正確に言えば、愛ではない。あれは、あの両親の罪滅ぼしだったんだろう。
多分、愛したい気持ちはあったんだ。だけど、どうしても愛せなかった。完璧な自分達から産まれた、あまりにも不完全な娘を。
だから、せめて。何もしないでも良いように。不自由なく生きられる様にしたんだろう。
…それが一番愛美にとって不自由であったことを、あの両親は知ることはないんだろう。
「…愛美」
「?なあに、霙」
「何、って…」
びしょびしょになった部室の床。作っておいて、と頼んだドリンクのタンクは空で、私が先程済ませて置いておいた洗濯済みの折り畳んだタオル達は床を拭こうとしたのか、びしょびしょになった床の上で無駄に水分を吸い込んで捨て置かれている。
…正直、私が聞きたいんだが、これは一体、何なんだ。
「…この惨状は」
「え?…あ!聞いてよぉ!ドリンク作ろうとしたのにぃ、起動しないの!壊れてるよお!一回入れた水を出そうとしたらこぼしちゃってぇ、一応拭いたんだけど」
「…そう」
起動しないの、とは言っているが、そんな訳はない。どういう事かと空っぽのタンクを見て、なんとなく納得した。
「愛美。このボタンを押せって私言ったわよね」
というか言わなくても分かると思うんだけど。
どうやら愛美は、『スタート』のボタンではなく、『切』を押していた様だ。そりゃ起動しないだろう。そういう役割じゃないのだから。
「えー?ボタンって、どれ押しても一緒でしょぉ?」
「………」
予想外、とは言わないが、予想以上に、厄介だ。どう言えば、そもそも何処からがこの子の許容範囲なのかが分からない。あんなに一緒に居たのに、私はこの子が分からない。
…思えば、結局私はあの両親に従っただけなのかもしれない。
口では「人でなし」とあの人達を罵りながらも、している事は変わらない。私はずっと、この子の事を諦めていたんだ。
「…っ」
いや、そんな筈はない。私は、唯一の愛美の味方なんだ。今も、昔も。だから、私が助けなくちゃいけない。
「…愛美、これじゃ誰も貴女を好きになってくれないわ。分かる?」
「…えー?何言ってるのお?私はぁ、皆に愛されてるの!」
「…そうね。でも、愛美。これじゃ駄目なのは分かるでしょ?」
「………」
「ボタンはね、一つ一つ用途が違うの」
「…用途?」
これも分からないのか。
「使うタイミングが違うって事よ。例えば愛美のゲームのコントローラーも、AボタンとBボタンは違うでしょ?」
「ああ!そういう事ね!分かったわ」
「良かった。次からはそうして。ここは私がしておくから、貴女は皆にこれを配っておいて」
ここまで酷いのは予想外ではあったが、この子が失敗するのは想定内だ。
予め作っておいたドリンクを部室に備え付けられた冷蔵庫から取りだし愛美に渡す。
「いいの?」
「ええ。貴女から渡したら皆喜ぶわ」
「!…そうだよねぇ」
愛美が嬉々として部室を飛び出すのを横目に、私は部室の惨状に溜め息をついた。
…誰かに見られる前に片付けなきゃ。
一先ず使い物にならなくなったタオルを籠にしまい、乾いた雑巾で床を拭く。
決して狭くない部室に広がる水溜まりを拭いていると、部室の扉が開いた。
「っ!」
「…水無月さん?」
「…幸村君」
目の前が歪んで、だけど幸村だけは歪まずに視界に映っていた。