私と親友。


□11話
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 まずい、と思いはしたが、見られた以上は仕方ない。誤魔化そう。

「…幸村君。どうしたの?何か、用かしら」

 出来るだけ笑顔で、言った。だけど、幸村は追求してきた。

「これ、なんだい?」

「これって…?」

「この部室の惨状だよ」

「…ああ、ごめんなさい。…ドリンクを作るときに、溢しちゃったのよ。ドジよね、私。すぐに片付けるわ」

 追求させない様に、言葉を重ねていく。それが不自然なのは分かっていたけど、他にどうすればいいのか分からなかった。だけど、幸村は尚も追求を止めない。

「今までの君の仕事ぶりから見て、こんなミスはあり得ない」

「…駄目ね、最近疲れてるのかし」

「本庄さんだろ?」

 私の言葉に被せてきた台詞は、質問した口調でありながら、確信をもったただの『確認』であった。

「…愛美は関係」

「本庄さんが仮入部してから、君の小さなミスが増えたね」

 私の言葉を聞く気がないのか、再び言葉を重ねていく。

「仕事のペースは遅くなって、ドリンクやタオルを配る時には本庄さんしか顔を出さなくなった」

「…それは」

「本庄さんに聞けば、君が仕事がちゃんと出来ない人間だかららしい。むしろ、本庄さんに押し付けてすらいる、と言っていたよ」

「………」

 幸村の言葉に私は彼の顔が見れず俯く。

「皆はね、本庄さんが水無月さんを悪者にしようとしてるって言うんだ。彼らも、君のマネージャーとしての力量を知っているから、当然そう思うよね」

 だけど、と幸村は続ける。

「俺はね、違うと思っているんだ」

「…?」

 意味が分からず、思わず顔を上げる。

「…ねえ、水無月さん。俺は言ったよね。駄目だと判断したら、すぐ辞めさせるって」

「!…っ、それは駄目!」

 急に話題が変わり、一瞬不意を突かれたが、すぐに意味を理解し、縋る様に幸村に懇願する。

「まだ、約束の日数を過ぎてない。せめてそれまで…」

「…ねえ、水無月さん。俺が駄目だと思ったのは、別に本庄さんの性格とか、仕事の要領の悪さとか、そんなものじゃないんだ」

「え…」

「俺が駄目だと思ったのは、君だよ」

 君。その言葉が、二人きりの部室で当てはまるのは私だけだ。

「…私?」

 その言葉は予想外で、もともと然程良くない頭をフル回転させても理解できるものではなかった。

「何言って…。私が原因なら、私を辞めさせれば」

「…きっと、そうしたら彼女は何も出来ない。そうだろう?」

 全てを理解した様な幸村の口調に、ようやく開いた口を再び閉じた。

「俺は、君らの関係を知らない。でも、見ていれば分かる。君らが深い関係であることが」

 ちょっとした知り合いなんて言っていたけど、嘘なんだろ?と幸村は問いかけた。私は口を開けず、ただ耳を傾けていた。

「少し見ていると、水無月さんは本庄さんにとても傾倒している。本庄さんを持ち上げる為に産まれてきた、とでも言うように」

 あながち、間違いでもないな、なんて、少し思考の隅で考えていた。

「でもね、水無月さんがおそらく本庄さんの為に、とやっていた事は、本庄さんにとって、何のプラスにもならないことだ」

「…そうね。結果、そうなった訳よね」

 私が愛美の為に部員の好感度を上げようとしたのに、実際に上がったのは私の好感度で、愛美はむしろますます好感度が下がってしまった。

「違う」

「!」

「君、間違っているよ。俺が言ったのは、そんな事じゃない」

 幸村は一度言葉を区切り、そんな事じゃないんだ、と言った。

「水無月さんは、彼女の為と言うけど、きっと君が本庄さんの事を考えて行動した事は無いんだと思うよ」

「…は?何言って…」

「本庄さんを見てて思ったんだ。皆は性格悪いとか、そう見えるみたいだけど。俺は違った」

「………」

「俺には、まるで欲しいものを欲望のままに欲しがる、ただの子供に見えたよ」

「何を…」

「子供がけじめとか、自重を覚えるのは、周りの人間がそれを教えてくれるから。それはきっと、親が当たり前の様に与えてくれる常識なんだ」

 幸村は私を真っ直ぐ見つめる。それを見つめ返す事が出来なくて、目を逸らす。

「…前に水無月さんは、本庄さんが可哀想な境遇の子だって言ってたよね」

「………」

「俺の想像だけど、本庄さんは、あまり家庭環境が良くないんじゃないかな」

 幸村の言葉に、私は愛美の親を思い出す。




『貴女が、あの子と仲の良いっていう、水無月霙?』

『…愛美ちゃんのママ?』

『あの子の面倒、見ておいて欲しいの。勿論、謝礼は払うわ』

『謝礼?面倒?ねえ、愛美ちゃんに会ってあげてよ。愛美ちゃん、ママに会いたいって言ってたよ』

『…あの子の母親であることが、私の人生で唯一の汚点よ』

『…汚点?ねえ、それなんて意味?』





『君が、水無月霙か』

『…貴方が、愛美の父親ですか』

『あれを世話してくれているらしいな。物好きもいたものだと感心したよ』

『…物好きの面でも拝みたかったんですか?』

『いや、確認だ。あれは生きているのか』

『心配でもしてるんですか?なら、ご自分でご確認されたら如何ですか』

『心配?…そうだな、戸籍上、娘であるあれに死なれたら困る。そういう意味で言えば、心配だ』





 思い出すだけでも、吐き気がする。

 愛美に一片の愛も与えてくれなかったあの両親が。

「そうね、最悪だったわ」

 だから、私が愛美を愛した。

 愛美の世話を焼いた。

 あの子が可哀想だから。両親に捨てられたあの子の為に、色々後回しにしてあの子を優先してきた。

 そうだ、私は何よりもあの子の為に色々してきたじゃないか。

「だけど、きっと彼女は、成長出来た筈だよ」

「………」

「あの子が今こうして生きているのは、誰かが彼女を支えていたから。それはきっと、水無月さんなんだと思う」

「………」

「だけど、水無月さんは本当の意味では本庄さんを支えていなかったんじゃないかな」

「っ!さっきから、勝手な事ばかり…」

 私が、どれ程苦労したと思っているんだ。

 ろくにクラスメイトとも遊べず、学校が終われば愛美の元へ直行して、身の回りの世話をして、あの子が寝たら漸く自由になれて、だけど勉強とか、課題が山積みで、ゲームしたり、テレビ見たりなんかする余裕も無くて。

 皆に放っておけ、と言われても愛美の為に、ずっと、ずっと。

「君は、本庄さんを大切にしている様で、その実彼女を見てあげていないんだね」

 幸村は、少し悲しそうな顔をしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。





ちゅーと半端!幸村君が練習してないとか突っ込んじゃあかん。  

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