私と親友。


□12話
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 幸村は言葉を重ねていく。

「君は分かっていたんだろ?本庄さんの心が成長出来ていないことを」

 分かっていたか?分かっていたに決まっている。あの両親のせいで、愛美は大人になれなかったんだ。

「君はそれをきっと本庄さんの不幸な家庭環境のせいだと思っているんだろうけど、それは違うよ」

「…?」

「彼女が大人になれないのは、水無月さんのせいだと、俺は思う」

「は…!?」

 意味が分からない。私の『せい』で愛美は成長出来ない?あり得ない。私は、いつだって愛美の『為』に。

「ふざけないで!」

「俺は真面目だよ」

「さっきから好き勝手言って…!何も知らない癖にっ。私が、どれだけ愛美の為に」

「君はさっきから本庄さんの為にとしきりに言うけど、それは本当に彼女の為になっているのかい?」

「は」

 幸村の目は、嫌いだ。全てを見透かした様にこっちを見るから。

「本庄さんの為に自分は尽くした。本庄さんの為に自分を犠牲にした。それは、一見すればとても美しい友情で、素晴らしい自己犠牲の精神だけど。こんなものはただのエゴだ」

「なにを…」

「君は、『何も出来ない親友の世話を甲斐甲斐しくする自分』に酔っていたんじゃないのかな。だから、君は本庄さんがこのままじゃいけないと分かっていても、放っていた」

「………」

「それと…、そうだな。勝手な推測だけど、水無月さんは、本庄さんの事を『諦めている』んじゃないのかな」

「!」

 その言葉に驚く。それは、私が先程まで考えて、目を逸らした事象だったから。

「あり得ない…そんな事…」

「君は本庄さんの欠けている事に気付いていたのに、成長させようとはしなかった。例えば、今がそうだ」

「………」

「本庄さんの失態を、本庄さんに反省をさせず、後始末もさせないで負担の少ない仕事を促す」

「…愛美がやってたら、時間かかるし」

「それだよ。『どうせ出来ないから』自分がやる。諦めている証拠だ」

 まるで揚げ足を取られた様で、怒りと羞恥に血液が顔に集まるのを感じる。

「失敗して怒られて、その失敗の後始末をして、人は初めて反省するんだ。彼女が人の気持ちを分からないのは、失敗しても反省しないのは、本庄さんの為だという大義名分を振りかざして、自己満足だけを追いかけ彼女自身を見なかった、君のせいなんじゃないのか?」

 そこまで言って、ようやく言葉を区切った幸村は、少し間をあけてややばつが悪そうに眉を潜めた。

「…ごめん。偉そうに言ったけど、こんなの想像なんだ。君らの事をろくに知らないのに、正論の様に口達者に…。本当にごめん」

 私は何と言えばいいのかが分からなかった。

 全くその通りだと、知らない癖によくもまあそんなに言えたものだな、と言おうと思っていた。

 だけど口は開かなくて、幸村の言葉が頭の中に流れていく。

 幸村は言った。私は、愛美自身を見ていないと。

 幸村は言った。私はただの自己満足の為に愛美に尽くしていたんだと。

 幸村は言った。私は愛美を諦めているんだと。

 私は知っていた。愛美が、このままではいけないことを。

 私は知っていた。愛美を世話する私に対する周囲の反応を。

 私は知っていた。愛美が何かを私に求めていたことを。

 全部、見ないふりをしていた。

 分かっていたのに、愛美がこのままじゃいけないことを。

 だけど、そこまで私がしなきゃいけないの?だって、ただの友達なのに?まるで母親みたいな真似しなきゃいけないの?

 そんな事を考えて、一時期愛美をとても邪魔だと思っていた。もともと一人でいた愛美に、近所なんだから仲良くしなさい、と両親に言われて歩み寄ったまでだ。そりゃ初めは変わった子と思いつつも新鮮で、一緒に居て楽しいから一緒に居た。だけど私に友達が増えて、周りに馴染めない愛美が重かった。

 いつしか、どう彼女を遠ざけるかを考えていた。

 そんな時に、周りの私に対する評価を耳にした。

『霙ちゃんって凄いよねえ!よくあんな子と仲良くしているよね!』

『霙ちゃんは偉いわね。愛美ちゃんの面倒を見てあげて』

 それは私に対する良い評価で。

 愛美に対しての評価なんてどうでもよかった。

 人々の賞賛が堪らなく気持ちが良かった。

 それをもっと感じていたくて、私は愛美の側にいる事を決めた。

 愛美に健気に尽くせば、それだけ私への賞賛の声も増える。努力が目に見えて報われていくシステムが、単純で心地好かった。

 賞賛を得るためには、むしろ愛美が大人になるというのは要らない要因に思えた。頭が可笑しい親友を囲った方が、健気に見えるから。

 ―――――勿論、考えて動いていた訳ではない。私自身、今まで何の見返りも求めず親友に尽くす己を疑った事などなかったから。

 だが、思い返してみれば、私はいつだって打算的に愛美を見ていた。愛美の為にと言っていた行動は、本当は自分の為でしかなかった。

「…あ…」

 愛美が笑ったのを最近見たのは、この世界に来てからだ。

 ここ数年、消えていった笑顔。

 あれも、私のせい?

「どうしよう…、どうしよう…!」

 私の身勝手な虚栄心を満たすために、私は人の人生を、―――愛美の生き方を、歪ませてしまった。

「私っ…」

 呼吸が上手く出来ない。ヒュー、と空気だけが口から溢れる。あれ、呼吸ってどうやるんだっけ…。どんどん目の前が霞んでいく。

「水無月さんっ!」

 酸素が薄くなって、薄れゆく景色の端で、慌てる幸村の顔が見え、珍しいものを見た、とどうでもいいことを考えていた。

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