私と親友。
□14話
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中村君と、夢でも会えてよかった。
彼は、きっと私が生んだ幻影に過ぎないんだろうけど、私を救ってくれた。…やっぱり、中村君は素敵な人だ。
「…あれ」
そういえば、どうして私はこんな所にいるのだろうか。確か私は学校でマネージャー業をやっていて、愛美がミスをして、その尻拭いをしている所を幸村に見つかって、私の心中を暴かれて、目の前が真っ暗になって…。
そうしたら、部屋に寝ていた。
なんでだ。
自力で戻った?
いや、そんな記憶は無い。
まあ、幸村の事だから目の前で人が倒れれば当然助けるために動くだろう。だけど、そうだったら普通保健室とかに居ないか?
普通なら親に電話でもして、迎えに来てもらうだろうけど、生憎私にはそんな電話をする相手なんか居ないし。
なら…?
「あ、水無月さん。目が覚めたんだね」
「え…?」
ひょこっ、と私の寝室の扉から顔だけ出して幸村は安心した様に笑う。
…え、幸村?なんで?
「ゆ、幸村…君?」
「ん?そうだよ」
「えっと、なんで…」
「あ、ごめんね。勝手に上がらせて貰っちゃって。君が倒れたから慌てて保健室に連れてって保護者に連絡したんだけどさ」
保護者、という言葉に体がギクリと強張る。…そんなもの、自分にはない。
「お兄さんと二人暮らししてたんだね。知らなかったよ」
「え…」
「なんかお兄さんは忙しくて都合がつかなかったらしくてね。俺さえよければ看病してくれないかって言われてさ」
お兄さん…?
一瞬、優しい兄の顔を思い起こさせたが、直ぐに否、と自分自身の考えを嘲笑った。兄が此処にいるはずがない。…それに、あの兄ならたとえどんなに忙しくても私を優先する。自惚れでもなく、確信を持ってそう言える。
誰なんだろうか。その、『私の知らない兄』は。
「…そう、なの」
「郵便受けに鍵を入れておいてくれてね。お陰で中に入れたんだ」
「…今、何時?」
「え?8時30分だけど」
私はその言葉にギョッとして思わず飛び起きた。幸村が「まだ安静にしなくちゃ」と慌てて寝室に入ってくるが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
私が部活で倒れたのは、恐らくまだ5時にもなっていない時間帯だっただろう。
つまり、私は3時間以上を幸村に看病させていたことになる。
…死んでしまいたい。申し訳なさで。
「ご、ごめんなさい、幸村君」
「え?」
「わ、私、あんな醜態を晒した上、こんな迷惑を…。な、なんてお詫びすればいいのか検討つかないわ」
キョトンとした幸村に言い募る。どうすればこの状態を切り抜けられるんだろう。思わず顔が赤くなる。…ああ、恥ずかしい。図星を突かれて泣きわめく様な事をして、まるで幼児だ。挙げ句気絶して看病して貰うなんて、…いくら醜態を晒せば気が済むのだ私は。
「…ふっ、」
「?」
「ははははっ!」
突然笑いだした幸村に、唖然としてしまう。私の醜態の連続に、怒りを通り越して面白くなってしまったんだろうか。
「ご、ごめん。だって、凄く慌ててる水無月さんって新鮮だったから」
「わ、私、えっと」
「ごめんね。あまりに水無月さんが可愛かったから、楽しくなっちゃって」
「は…?」
かわいい?
…彼は、何を言っているんだろうか。
可愛いなんて、私に一番似合わない。外見も、性格も。
一重で細い目。中肉中背なスタイル。化粧にもお洒落にも関心無し。加えて男に媚びる事を恥だと思って、いつも立ち向かってばかりだった。男の背中ではなく、私はいつも正面に居た。そんな私は、男に嫌われたりはしなかったし、むしろその辺の女子よりも男子とよく話してはいたが、女としては見てもらえなかった。
中村君は、…どうだろう。もしかしたら、少しは女の子だと思ってくれていたのかもしれない。
とにかく、男子からも女子からも、「格好いい」はあっても「可愛い」なんて、出たこともなかった。可愛くない性格であることも自覚している。
「可愛いって、…幸村君、貴方皆に言っているの?」
だとしたら相当なフェミニストだ。勘違いされても文句言えないレベルじゃないだろうか。
「言うわけないよ。皆に言っちゃったら、変な誤解を与えちゃうし」
その言葉は尤もなものではあったが、私は首を傾げる。
「じゃあ、なんで私に言ったの?」
私には勘違いされてもいいって事だろうか。或いは、私なら要らない誤解を招かないとでもおもっているのだろうか。
「…何でかな」
「え」
「俺もよく分かんないけど、いつも澄ましている水無月さんが、顔赤くして慌ててるのが、新鮮で、何か可愛くて、抱き締めたくなって」
「………はあああああ!?」
私は布団から飛び出る。な、な、な、何を言っているんだろうか、こいつは。
「あ、勿論抱き締めるのは同意無しにはするわけにはいかないししなかったけどね」
「そ、そう」
同意があったらするのだろうか、彼は。
「でも、水無月さんちょっとスッキリしてる。良かった」
何の話をしているのか分からなかったが、すぐに例の事かと思い至った。
「…うん」
「ごめんね。事情も知らないのに突っ込んじゃって」
「いいの。私が愚かだったんだわ。都合の悪い事に目を逸らして蓋をしてたの。そんなの、意味無いのにね」
思わず自嘲する。こんな単純な事に今更気付く自分は酷く滑稽だ。
「水無月さん」
「…なに?」
「俺は、やっぱり水無月さんがいけなかったんだと思う」
「!」
「でも!変われるから!」
幸村は声を張り上げる。
「反省して、一からやり直せば、絶対に、変われる。人は、過ちの数だけ成長できる筈なんだ」
――――『…水無月の、他人に誉められたい、って気持ちは、皆あるもんだ。誇れる事じゃないかもしれないけど、別段恥じる事でもないんじゃないか?』―――――
二人のやり方、全然違う。
中村君のは、ひたすら、私を逃がしてくれる。罪悪感とか、贖罪。…現実から。
幸村は、違う。ひたすら現実を、真実を追求する。勝手に、どんどん暴いていく。
さっきは、頭の中がパンクしそうで、中村君の優しさに救われたけど。
…自分にひたすら甘い私は、幸村のやり方が丁度いいのかもしれない。
「…ふふっ」
「!」
「…ありがとう、私に、気付かせてくれて」
キョトンとした彼に思わず笑う。まだ、何も解決してないけど。彼は何もしらないかもしれないけど。それでも、言いたかった。
「…水無月さんが」
「?」
「水無月さんが笑ったとこ、初めて見た」
幸村の言葉に、今度は私がキョトンとする。そんな筈はない。私は何度も…。
「いや、なんていうか。いつものサービススマイルみたいな、義務的なものじゃない、自然の笑顔っていうか」
幸村の言葉に、そういえばと思い返す。
…この世界で笑ったの、初めてだ。
「…ありがとう」
そしてごめんなさい。
貴方を、貴方達を利用しようという汚い目でしか見れなくて。
怖かったんだ。もとの世界に戻るとき、未練があったら、私はどうなるんだ。その恐怖がずっと私を襲っていたんだ。
「ありがとう」
貴方の優しさに、厳しさに、温かさに、私は救われました。