私と親友。
□15話
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幸村に救われた。
だからとは言わないけど、私は、変わらなければいけないと、思う。
愚かな自分を棄てて、自分の為じゃなく、誰かの為に動ける人間に。優しいだけじゃなくて、厳しく叱ることが出来る人間に。
なりたい。変わりたい。
…たとえ、それをする事によって大切な物を失うんだとしても。
「…愛美」
「あ、霙〜!待ってたよぉ」
大事をとって朝練は来ない方がいい、と言ってくれた幸村には申し訳ないが、今日、私はここに来なくちゃいけなかった。
「精市がぁ、霙が休みとか言ってたけど、やっぱり私の為に来てくれたんだねぇ」
愛美の事を、ちゃんとしなければいけない。
私の精神が落ち着き、幸村が帰宅した後にまず考えたのはそれだった。
今の愛美の性格は、私の傲慢で独り善がりな感情の成りの果てだ。
ならば、愛美の事は誰でもない、私がなんとかしなきゃいけない。
「愛美お姫様だからお仕事するのやだしぃ。こういうのっていつも霙の仕事でしょ?」
ああ、この子は…。
「ごめんなさい、愛美」
私は、なんて罪深いのだろう。改めて、そう実感する。
「霙…?」
「貴女がそうなったのは私のせい。貴女には私を責める権利があるわ」
「…ねえ、何言って」
「だけど、その前に、貴女に言わなければいけない事があるわ」
私の罪を。貴女に見せないようにしていた真実を。
―――たとえ、貴女に嫌われても。
「…愛美、自分の仕事は、自分でやらなきゃいけないものなの」
「…?」
何が言いたいのか分からない。そう目で訴えてくる愛美を一瞥して、私は言葉を続ける。
「好かれたいなら、努力をしなくちゃいけないの。部活だって、貴女がやらない事、皆気付いてる。…良いことは気付かれにくいけど、悪いことは、見えやすいのよ」
「…ねえ、霙は何を言ってるの?」
嫌味とか、そういう負の感情は彼女から見えない。あるのは、ただひたすら純粋な疑問。
「霙。意味分かんない。愛美が、頑張るって、なんで?」
「それは」
「愛美はね、お姫様なんだよ?だから、愛美は頑張らなくていいの。お姫様だからね」
純粋な笑顔。冗談なんかじゃない。愛美は、本当にそう思っている。自分はお姫様であると、信じて疑わない。
私自身、今まで、その方が楽だしやりやすいから、そうさせてきた。
…でも。
「愛美、貴女はね、お姫様じゃないのよ」
それじゃあ誰も救われないってことを私は知ってしまったから。
「………え?」
「愛美。貴女は、お姫様じゃないわ。私と同じ、とるに足らない普通の女の子なの」
「何それ!愛美よく分かんない。愛美はお姫様だよ!?可愛くて、皆に愛されていて!」
「お願い愛美!分かって!」
「嫌だ嫌だ嫌だっ!聞きたくない!愛美はお姫様なんだもん!」
バシッ。
気付いたら、愛美の頬を私の掌が攻撃していた。そんなに強い攻撃じゃなかったから、愛美はよろけたり転んだりなんかはしなかったけど、叩かれた頬を抑え、茫然と私を見ていた。まだ、現実を理解できていない、とでも言うように。
「いい加減にして!」
「…霙?」
「あんたは、お姫様なんかじゃない!たとえ美人になっても、愛される訳じゃない!」
「私はっ、」
「貴女はっ!愛されていないのっ!」
言ってはいけない事なのかもしれない。だけど、私は言うべきだと思った。
「何…」
「両親からも、テニス部からも、クラスメイトからも。貴女は、愛されてないの」
「…嘘よ。愛美は、だって」
「…ねえ、愛美は知らないかもしれないけど、自分の意見ばっかり押し付ける人間は、嫌われるの」
私は、溢れる涙を止められなかった。
「愛美は知らないけど、人の気持ちを理解できない人は、好かれないのよ。貴女は、このままじゃ、きっと誰にも好きになってもらえない」
「やめて!」
一際大きな声で愛美は叫んだ。
「分かってるわよ、パパとママに嫌がられてる事くらいっ!友達だって、居なかった。だからっ、だから此処に来たんじゃない!此処なら、愛美は…」
「変わらないのよ!貴女が変わらない限り!」
「!」
「此処は、確かに漫画の世界だけどっ、夢小説みたいにはいかないの!此処に居る人達は、皆生きているの!携帯小説みたいに、貴女の為には生きてくれないのよ!」
「愛美は…」
「おい、どうしたんだ」
「なんじゃなんじゃ」
騒ぎを聞き付けたのか、柳と仁王が入ってきた。
これ以上何も聞きたくないと耳を塞ぎしゃがみ込む愛美と、休みだった筈の涙を流して俯く私は、第3者から見れば理解不明なものにしか見えないだろう。
「!どうしたんだ水無月っ!」
「何かあったんか?霙」
「っ」
柳と仁王が私に近寄ったのを見て、愛美は耐えきれなくなったのか部室を出ていく。
「っ愛美!」
「おい!水無月待てっ!」
「離して柳君!愛美が!愛美!」
「俺が行くっ!」
「っジャッカル君…?」
いつの間に居たのか、ジャッカルが部室のドア付近に佇んでいた。
彼は私の返事も待たず、部室を後にした。
「ちょっと…!」
「安心しんしゃい。ジャッカルはうちの部で一番の俊足なり。きっとすぐに追い付く」
「そうじゃなくてっ!」
仁王の言葉に異を唱えて少し黙る。
落ち着かなくちゃ。もっと収拾がつかなくなっちゃう。
「…この部の人達は、皆愛美が嫌いな筈よ。ジャッカル君だって」
そんな人に、愛美を任せるわけにはいかない。
「霙!」
柳と仁王の手を振り払って、私は愛美に追い付くために駆け出した。
…まだ、貴女に伝えてないの。
私は、どんな時でも貴女が大好きだと。