私と親友。


□16話
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 霙が、あんな事を言うなんて。

 私は、未だに事態を呑み込めていなかった。

 だって、霙はいつだって私に優しかった。辛いことや、悲しいことからいつも私を守って、見せないようにしてくれていた。面倒で、私がやりたくないことは私が頼んだら、「仕方ないなあ」って言っていつもやってくれてた。

 それが、霙だった。

 それが私達の関係だった。

 なのに。

「どうしてぇ…!?」

 霙が、私を注意した。いつだって辛い現実から怯える私を逃がしてくれていた霙が、私に現実を突き付けようとした。あり得ない。そんな、どうして。

 分からない。考えても分からない。

 …どうやって考えればいいのか、分からない。

 私は、考えたくない事は考えなくても済んでたから。必要な事は、全部霙がやってくれていたから。

 霙がいないと、私は何も出来ない。

「あっ!」

「っ!…あ、」

 後ろからかかる声に、もしかして、と思い振り返ると、そこには見慣れた姿はなく、褐色の肌が視界に映った。

「ジャッカル…」

 普段ならば、喜んだだろう。だって、男の子に追いかけられるなんて、いかにも逆ハーらしいから。

 だけど、今の私の心には落胆しかなくて。

 ああ、私は霙であることを期待していたんだ。霙が、私を追いかけてきてくれるのを。

「あるわけ、ないよね…」

 頭に過るのは、霙を見た最後の瞬間。

 頬を赤く腫れさせている私ではなく、涙を流す霙に、皆は心配していた。霙だけを、見ていた。

 なんで?叩かれたのは、私だよ?私、痛かった。なのに、なんで私の所に来てくれないの?

 頭が真っ白になって、とりあえずその現実を見ていたくなかったから、逃げた。

 だって、だってあれじゃあまるで、霙が逆ハーみたいじゃないか。

 …あれ。

 もしかして、私は、裏切られたの?

 私に協力すると言っておいて、霙は、本当は自分が逆ハーになるために動いていたの?

 今まで、前の世界で私が嫌われていたのも、もしかして霙のせいなの?

 …ああ、そうだ。そうに違いない。

 全部、霙のせいだったんだ。

「おい、本庄!」

「っ!…ジャッカル」

 思考の波に溺れている中で自分の名前を大声で呼ばれて、びくりと肩が揺れる。

「なんか事情は知らねえけど、戻ろうぜ。…水無月、心配してるぞ」

「…霙は、心配なんてしないよぉ」

「は?」

 意味が分からない、と言いたげな表情のジャッカルに私は思わずふふ、と笑ってしまう。

 そう、心配なんてする筈がない。だって、霙にとって私は、本当は自分が得する為の道具でしかないんだから。

 …ああ、そうだ。霙の真実をジャッカルに言ってしまえばどうだろうか。彼女の逆ハーになりたいと思う目論見が明らかになってしまえば、彼女は皆から責められるんじゃないか?もしかすれば、うまくいけば私が本当に逆ハーになることも出来るかもしれない。

「おい、本庄?」

「…ねえ、ジャッカルぅ」

「…?」

「ねえ知ってる?霙はねぇ、本当はすっごいミーハーなんだよぉ」

 私の言葉に、ジャッカルは驚いたように目を見開く。そうだよね、信頼していた仲間が、本当はミーハーだなんて。驚くに決まっている。

「霙はねぇ、愛美を悪者にして皆に媚売ってたんだよぉ?皆の人気者になるために。気づかなかったの〜?」

 こうすれば。

「………」

「…ジャッカル?」

 こうすれば…。

 …あれ?なんで?こうしたら、皆、霙を憎むんでしょ?霙の事を嫌うんでしょ?なんて奴なんだ!って、言わないの?

「…あのさ。水無月は、ミーハーじゃねえと思う」

「!」

 どうして!?

 何で信じてくれないの?

 だって、霙だってこうやって皆に私の悪口言って私を一人にしてたんでしょ?…だって、そうじゃなきゃ、私が嫌われる筈がない。私は、本来皆に愛される子なんだから。

 …あ、そうか。

「そ…、そりゃあ、信じられないよね!皆霙のこと、信頼してたんだろうしぃ?」

 そうだ。彼はまだ現実を上手く呑み込めていないだけだ。大丈夫、霙に出来るんだもん。私が、出来ない筈がない。

 私は、何だって出来るはずだから。

「いや、違くて…。そういう意味じゃないんだ」

「だからっ」

「…俺は、あいつらと違って、水無月の事、正直苦手だ」

 私は、突然呟いたジャッカルの言葉が、上手く理解できなかった。

「…え?」

「良い奴だと、思う。マネージャーとしても、優秀だ。だけど、あいつは、…なんつうのかな。上手く言えないけど、俺達の事をちゃんと見てないんだと思う」

「…なにそれ」

 何を言っているんだろうか。見ているに決まってる。だってそうじゃなきゃ、会話も出来ないし、マネージャーとしての仕事も出来ない。

「あー、いや。そのままの意味じゃなくて、なんつーかこう、いつも俺達を見つめる目が無機質で…。笑顔なのに、何だか冷たくて。…たまに、なんでか知らねえけど怯えたようにこっちを見てくるし」

 無機質で、冷たくて、怯えたように?なにそれ、違う。全然違う。だって霙はいつも、媚びた目で…。

「…なのに、本庄を見るときは、違うんだ」

「…?」

 違う?…ああ、そうか。私の事は、きっと使い勝手の良い人間だと、馬鹿にしたみたいに見てるんだ。

「…その、中学生にこういう言い方すんの、変なのかもしんねーけどさ」

「………」

「まるで、母親みたいな、優しい目で、お前の事は見つめるから」

「………え」

 母親…?

「なに、それ、意味分かんない…」


『愛美っ!』


「………」


『愛美大丈夫?』


「いや…」


『大好きよ、愛美』


「違う…」

「…何が違うんだよ」

 ジャッカルの訝しげな問いかけに私は彼を睨み付ける。

「霙は!自分勝手で、愛美が居なきゃ何にも出来なくて!」



『霙〜、これ出来ないよぉ。霙がやってぇ』

『…もう、仕方ないわね』



「いつも男の子に媚びて、愛美を悪者にして!」



『あのねぇ、愛美がお仕事したんだよぉ!でも、霙はずーっとサボってばっかなんだあ』



「…全部」

「………」

「全部愛美の事だ…」

 霙を自分の中で勝手に悪者にして、自分を正当化して。私はいつも勝手で。だけど、だけど霙は。




『いいわよ、愛美がそうしたいなら』




「…愛美は、優しくて、しっかり者で」



『愛美、これの後始末は私がするから貴女はドリンク配ってきなさい』



「皆から、の、人気者で」



『霙、遊ぼー!』

『霙ちゃん、これ教えてー』

『霙、明日俺んちでゲームしよーぜ』



「………だから、」



『ねえ、愛美ちゃんってキモくない?』

『分かる。なんか偉そうだし』

『本庄は男好きだしね〜』

『あれで男好きとかマジウザー』

 まだ学校に行っていた頃、教室から聞こえる悪口。

 いつもの悪口。大丈夫。慣れてる。ただの女の醜い嫉妬だ。愛美が可愛いから。

 だけど。

『ちょっと』

『!霙ちゃん…』

『い、今のは…』

『愛美は私の親友よ!悪口は許さないわ!』



 …どうして今、こんな昔の記憶を思い出すの?

 ああ、そっか。私は、私はずっと…。

「愛美は、…霙になりたかったんだ」

 誰からも愛される霙に。誰にでも優しい霙に。いつだって自分に自信を持っている霙に。そんな自分に、ずっと、憧れてたんだ。

 だけど、無理だから。だからゲームや携帯小説を読んで勝手に自分をあちら側に『作った』。画面の向こうの私は、いつだって輝いていたから。『なりたかった私』だったから。

「…あのさ。俺には、よくわかんねーけど、相談くらいなら乗るぜ?」

 ストン、と今までモヤモヤしたものが納得できたところで、ジャッカルがそう言ってきた。

 言葉に驚いて俯いていた顔を上げると、そこにはどこまでも優しい笑顔が広がっていた。



『愛美』



 久しぶりに見た悪意の無いその笑顔が、何故か霙と重なって見えた。




久々更新なのにヒロイン不在…。

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