私と親友。
□17話
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私は目の前の男に、自分の思いをひたすらぶつけた。
霙との事。私の今までの事。これからどうすればいいのか分からない事。
勿論異世界から来た、なんて事は流石の私でも非現実的な事なのは理解していたから省いたが。
元々頭も良くない私は、感情的に思った事を上手く纏めて話すなんて器用な事は出来なくて、きっとジャッカルは半分も理解しきれていないだろうけど、私の言葉を遮る事なくただ黙って傍で聞いていた。
「愛美は…、どうすればいいのよぉ…」
全部霙に聞けば、済む話だったから。霙に言えば、願いは容易く叶ったから。考えた事なんてなかった。必要もなかった。
だけど霙に見放された。もう霙は傍に居ない。きっと、我が儘な私に愛想が尽きたんだ。
「お、おい、泣くなよ…」
霙に叩かれた事を思い出し、悲しくなってポロポロと涙を流していると、ジャッカルがオロオロした様子で私に声をかける。
…霙なら。
霙なら、もし私がこんな風に泣いていたら、背中を擦りながら綺麗なハンカチで私の涙を拭い、「どうしたの?」と優しく訊ねてくれるだろう。
考えて、でもその霙は居ないと思うとまた悲しみが募ってくる。
「あー!泣くなってば!」
「むっ…!?」
ジャッカルはいつまでも反応を見せずポロポロと涙する私に焦れたのか、自分の首に引っ掻けていたタオルを私の顔に押し付けてきた。
それで顔を乱暴にごしごしと擦るものだから、痛いし苦しい。おまけに汗臭い!先程まで自分の汗を拭いていたタオルで私の顔を拭くなんて!
「ちょ、ちょっと!何すんのよぉ!痛いし臭いぃ!汚いの触らせないでよぉ!」
「え?…ああ、わりぃ。でも今手持ちこれしかねーんだわ」
私が怒鳴ると、ジャッカルは私の言葉の意味が分かったのか軽く謝罪しながらタオルを私の顔から離す。
「でも泣き止んだな!」
「!」
確かに、タオルに気を取られていたら、気付いたら涙は止まっていた。…だけど、それがジャッカルのお陰なんて、認めたくない。
「も、元々大して泣いてないからぁ。ジャッカルが勝手に勘違いしただけだしぃ」
「そっかそっか。そりゃ悪かったな」
私の言葉にジャッカルは苦笑しながら謝罪した。…どうみても理不尽な理屈なのに、なんでこう容易く謝るんだろう。
私なら、もし自分に非がないなら、絶対謝らないのに。
「じゃ、落ち着いたみたいだしそろそろ戻ろーぜ。水無月がお前の事滅茶苦茶心配してたぞ」
「霙…」
心配。果たしてそうだろうか。
「心配なんて、しないよ…」
「ん?」
「霙は、愛美に愛想尽かしたんだもん。だから、愛美の事突き放して…」
「逆じゃね?」
「…え?」
ジャッカルの言葉に、思わずキョトンとしてしまう。
「水無月はお前の事思って突き放したんじゃねーの?」
「…はぁ?何で愛美の事思って突き放す訳ぇ?」
矛盾しているじゃないか。ジャッカルをじろりと睨む。
「本庄ってさ、水無月に依存し過ぎだろ。普段見てても、今の話聞いてても。水無月もそれじゃあ駄目だって気付いたんじゃないか?」
「それは…」
「むしろ俺は、お前が言った昔の水無月が嘘じゃないなら、昔の水無月のお前に対する接し方の方が、投げやりっぽい感じするけど」
「っそんな事ないもん!」
霙を悪く言われた気がして、思わず怒鳴る。霙はいつだって私に優しかった。怒らないで、私の言う事をなんでも聞いてくれた。
「お前らお互いを親友とか言ってたけどさ、どっちかっていうと、主従関係みたいだよな」
「は…?」
「本庄が命令して、水無月がそれに従う。逆は無い。それは友達ですらねえよ。友達は対等だ。助け合わなきゃいけない。一方通行じゃ、友情は成立しないんだぜ?」
お前、水無月の為に何かした事あるのか?
そう言われて、言葉に詰まった。
いや、詰まったんじゃないんだ。何も言えなかった。
霙の為に何かした記憶が、私には無かった。
「私は…、私は…」
「お前らの関係、端から見てると異常だよ。水無月も、それに気付いたんだろ。だから本庄を突き放したんだと思うけど」
「違う、違う…」
「違うかもな。俺は水無月じゃないし、水無月の事あんま知らないし。…ただ」
ジャッカルは一度言葉を区切り、再び口を開く。
「俺だったら、嫌いだったりどうでもいい奴に、諭して、正そうとはしないと思う。それに水無月は―――」
そこまで言ってジャッカルは私から目を逸らしある一点を見つめて目を見開くと、不自然に言葉を切らす。意味が分からず私が首を傾げると、何故か急に苦笑を漏らした。
「…じゃ、俺は練習戻るから、本庄は落ち着いたら戻ってこいよ」
「はぁ?ちょっとぉ、急にどうしたのよぉ」
「いや別に。…なあ本庄」
「なにぃ?」
「お前は多分、お前が思っているより、水無月から愛されてるよ」
「は?なにそ―――」
言葉を最後まで出す前に、それはこの場に居なかった第3者の言葉に遮られた。
「愛美!」
背後からかけられた声は、振り向かなくても誰かなんて嫌でも分かった。生まれた頃からずっと一緒にいた、逢いたくて、逢いたくなかった人。
「霙…」
振り向くと、汗だくで息を大きく乱した私の親友がそこに立っていた。