私とミーハーの仁義なき戦い
□37
1ページ/1ページ
跡部君と軽くときメモっぽい空気になって暫くが経った。
作ったドリンクを専用のボトルに入れ、冷蔵庫に詰めた。どうでもいいけどこの部室が豪華すぎて最早居心地が悪い。
スコアは氷帝の1年がやるそうなので、ちょっと暇になった。どうすっかなー、とりあえず次のメニューの下準備するか、と部室を出ようとすると、誰かにぶつかった。
「おぶふっ!」
鼻があああ!と悶えると、私の頭より少し高い所から笑い声が聞こえた。
「ははっ、女の子なのに『おぶふ』って。自分おもろいなあ」
「まあ、可愛く繕う余裕なかったんで?」
「ははは、ほんまおもろいなあ」
頭を上げると、そこには眼鏡をかけた長髪の少年がニコニコしながら佇んでいた。
「ああ、そういや紹介しとらんかったな。俺は―――」
「忍足侑士」
「!」
私が彼の名を言うと、彼は酷く驚いた表情を見せた。あれ、合ってるよね?まさかの間違っちゃった?
「…あれ、俺紹介したんやっけ?」
一瞬無表情になった彼は、すぐにパッと笑顔を作り、困った様に私に訊ねた。
「いや、私一応マネージャーだから、氷帝の部員の顔ぐらい全部分かるよー」
ましてや練習試合なんかするんだ。全部員のステータスくらい頭に入ってる。
「…へえ、凄いんやなあ!俺感心したわ」
「ありがとう。まあ、それに忍足君はレギュラー候補でしょ?注目してるよ」
「はは、さよか。いやあ、それにしても、##NAME2##さんやっけ?可愛いなあ」
「…えー?そんな事ないよ」
「ほんまやって!その上仕事も出来るんやろ?ええなあ、立海の奴等が羨ましいわ」
「あはは。で?何か用があって来たんでしょ?どうかしたの?」
私が笑いながらそう言ったら、忍足君はにんまりと笑った。先程までのとは違う、艶のある、くらりとしてしまいそうな笑みだった。
「俺な、凄く##NAME2##さんに興味あるんや」
「ええ?」
「初めて見たときから。それに、立海の奴等の##NAME2##さんの評価聞いて、めっちゃ気になってたんや」
「へえ、…なんか、照れるなあ」
「…なあ、俺の事、そういう対象で見てくれんか?」
ここでいう『そういう対象』というのは、まあ、要するに恋愛感情込みのお付き合いってこと。それくらいは、まあ、分かるよ。
彼の気持ちを、私は何となく初めから分かっていた。だから、答えは決まっている。
「それは無理だよ」
「…はは、ふられてもうた」
私の返事に、忍足君は寂しそうに笑う。何でか聞いていいか?と聞かれ、私は困った様に答えた。
「だって忍足君は私の事が嫌いだから」
忍足君は私の言葉に目を見開く。
「…は?」
「だから、無理だよ。私を嫌いな人を、私は好きになれない」
しばらくした後、いや、正確には3秒ほどだ。忍足君が豪快に笑った。
「言い間違えとちゃう?俺を、自分が嫌っとるんやろ?」
「違うよ。忍足君が、私の事が嫌いなの」
忍足君は困った様に笑う。
「俺の言葉、聞いとった?俺は、自分と付き合いたいゆうたんよ?」
「そうだね」
「どうしてそうなるんや」
「忍足君が私の事が好きな理由が、凄く薄っぺらいから」
「…?」
意味が分からない、とでも言いたげな忍足君に、私は説明し始める。
「初めて見たときから気になっていた、なんてさ。一目惚れって、少女漫画とかでよくあるじゃん。普通は、そういうのときめいたりするじゃん。でも私あれ見ていつも思うんだけどさ」
「………」
「凄く薄っぺらいよね」
私は笑う。
「要は、可愛いから好きになったんでしょ?それって。ある意味、最低な告白だよね。『一目惚れです』なんて、要約しちゃえば『顔が好みです』な訳でしょ?」
私がそんな事を言っていると、忍足君が黙ってしまった。
「で、私は顔すら良くない。一目惚れなんてないない。まあ、次に告白する時は、せめて会話をちょっと位してからにしな。いくら嫌悪を抱いているからって、初対面の人の告白は駄目だよ。真に受けるほど愚かじゃないもん」
「…なんや、ただの馬鹿ちゃうんやね」
その顔は無表情で、先程までの張り付けた笑みよりは好感を持てた。
「で、わざわざどうしたの」
「とりあえず、小手調っちゅーところやな。俺の言葉を真に受けたら、適当に遊んで棄てるつもりやったんやけど」
「ごめんね。期待外れで」
とりあえず嫌味を言っておこう。
「ま、ええわ。思うたより阿呆ちゃう事分かっただけでも収穫やし」
「あ、そう」
「じゃあ、俺は練習戻るわ」
張り付けた笑顔を浮かべ、部室の扉に手をかけた忍足君に、言いたいことがあって引き留めた。
「ちょっと待って」
「?なんや」
「あのね、さっきの私の言葉、訂正させてほしいの」
「さっきって」
「…私、忍足君の告白に、忍足君は私の事が嫌いだから、付き合えないって言ったでしょ?私が忍足君を嫌いなんじゃない、忍足君が私を嫌いなんだって」
「…ああ」
「本当はね、これが本心じゃないの。改めて、言わせて」
私は、私が出来る最高の笑みを忍足君に向かって浮かべた。
「私も、忍足君が嫌い」
忍足君は私の言葉に一瞬目を見開き、次いで笑った。張り付けたそれではなく、恐らく本心から。
「ありがとう。俺もや」
柳とは違う同族嫌悪。
私は奴が出ていった扉を見て一つ舌を打った。