カゲプロ

□マーキング
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「シンタロー」

 雑誌を読んでいると聞き慣れた声に名前を呼ばれ、シンタローの肩は大袈裟ではないかと云う程に大きく跳ね上がった。

 そしてそれを知ってか知らずか勢い良く後ろから抱きつかれ、うぐ…!と変な声を漏らす。ソファーに座り背もたれに身体を預けていたため、開いている首あたりに抱きつかれ軽く咳き込んだ。

「シンタロー…」

 耳元で甘く囁かれ、思わずゾクッと身体に痺れが走る。
 しかしコレは耳が弱いとか、そんな理由ではない。確かに実際にも耳は弱かったが、その囁きに抱いたのは明らかにゾクッする寒気だった。
 安定の赤ジャージの下は鳥肌ブツブツである。全身から鳥が飛び立ちそうになっている。

「…シンタロー?俺の声聞こえてる?おーい」

 返事を返さないシンタローの目の前で手を振りながら、もう片方の手で強く拘束をする。逃亡はさせる気はないらしい。

 隠れて溜息をはぁ…と吐き、すぅ…と息を吸って覚悟を決めると後ろに振り返った。

「…何か用か…クロハ」

 問うと抱きついたままクロハはふわりと微笑んだ。

「ダメだろー?抱きつかれてボーとしちゃ。俺じゃなかったらどうするの。危ないでしょ」

 何が危ないんだと問い詰めたいが残念ながらシンタローにはその度胸も無かった。というか帰ってくる答えが大方予想できる事に嫌気が差した。
 自分は危なくないと言うつもりか、十分に危ないわ。てかお前が一番危ないわ。

「…ゴメン…」

 ─と言える度胸も勿論無く、素直に謝っておく。頭を少し下げると笑顔でもういいよと言われた。


「…で、どうしたんだ…?」

 クロハはニコ、と笑った。

 あ…この笑みは…と悪い予感が頭に過ぎる。

「今日、カノと二人で仲良く話してた…。何話してたの?」

 ──やはりか。

 悪い予感が的中した事に顔を引きつらせながら、額に汗が浮かぶのが分かった。

「…仲が良くなんてない」

 ドクドクと大きく脈打つ心臓に煩いと内心うんざりする。
 確かにカノとは話していた。けれどそれはカノが一方的にからかってきただであった。それを仲良くしているというのには語弊がある。かなりある。

「二人で話してたのは否定しないんだ?」

「…っそれはただからかわれていただけだ。いつもの事だろ」

「…ふーん」

 唇を尖らせてクロハははぶてたような表情をした。
 しかし目が座っていて表情と瞳が一致してなくて、思わず恐怖で目線を逸らせて雑誌に落とす。





「…ねぇ、シンタロー」

「な、なんだ」


 呼びかけられても必死に雑誌を読んでいるふりをする。

 思わず手が力んで小さく震える。

 じんわりと汗もかいて首筋伝った。




「もし、俺以外を選んだら…」








「…ひゃ…ぁ!」



 首筋に生暖かい柔らかい物がなぞるように伝ってビクッと肩が跳ね上がった。
 それが何かなんて見なくてもシンタローには分かった。

 クロハの舌がシンタローの汗を舐め取ったのだ。
 自分の上擦った声に赤面して咄嗟に口元に手を被せ声を抑えるシンタローにクロハはちゅぅと強く吸い付いた。


「……ん…っ」




「シンタローの「待て」なんて聞かない。無理矢理にでも喰うちゃうから」




 そう言い残し、クロハは笑顔で去って行った。





 シンタローはそれを真っ赤になった顔で呆然と見送り、暫く固まっていたがドアの閉まるパタンという音がすると肩の力を抜いた。






「…待つ気があるなら、マーキングなんてするなよ……」




 シンタローはクロハに舐められた首筋を抑えながら、耳まで真っ赤に染め小さな声で溜息混じりに呟いた。






ーおわりー

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