オリジナルBL

□勇者御一行
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 走馬灯。
 人は死を間近にすると、今まで生きていた一生の記憶を見るという。

 今までの記憶、その時に思った事、悲しかった事、楽しかった事、悔しかった事、嬉しかった事、それら全てをリピートするように見るらしい。
 走馬燈に関してオレが知っているのはそれくらい。


 オレの人生は平凡だった。良い意味でも嫌な意味でも平凡な容姿に平凡な性格に平凡な学力。それがオレを紹介する時にさも分かりやすい言葉だ。
 そんな平凡な毎日をただ流されて同じ日々を繰り返すように過ごしていたせいか、あっという間にオレの走馬燈は尽き終わりお告げる。

 するとオレに残されたのは痛みだけとなった。





 遡る事三分前、逃げ出した猫の後を追いかけて飛び込んでしまったのは赤に変わった信号機。

 次の瞬間オレの耳の音を奪ったのはトラックのブレーキ音。
 そして目に移ったのは、バッと通ったトラックだった。

 そういえば親友がカラオケでそんな歌詞の歌を熱唱していたな。アイツ妙に歌唱力あったなとこんな状況で場違いにも思った。







 そう、
 これがオレの最後。

 真夏でも、
 八月十何日でも、
 12時半くらいでも、
 公園に居たわけでも、
 女の子を守って引かれたわけでもない。


 ただ何となく甘い物が食べたくなって某チョコ入りのパイとコアラのお菓子を買って、ふ〜んふ〜〜ん♪と下手くそな鼻歌とスキップをしながら歩いていたオレは酷く滑稽だった事だろう。
 そんなオレの目の前を横切ったのは真っ白い猫。猫が青色の信号機を横切って道路に飛び出すのを何となく見つめていると信号機が赤に変わった。そして猫に気づかず発進する車。

 普通の人なら立ち止まって目を背けるだけだろう。しかし幸か不幸かオレは無類の猫好きだった。猫がダンボールに捨てられていれば必ず家に連れて帰るし、その事で母親に怒られた事は数知れず。お陰でオレん家は猫パラダイスだ。そんな猫オタクと母親に言わしめたオレの身体は咄嗟に動いていた。
 庇うように猫を拾って抱き抱えるとさすがに人が飛び出たのに気づいて止まろうとブレーキを掛けるトラック。しかし結構なスピードが出ていたらしく急には止まれない。

 酷くスローで迫ってくるトラック。猫を抱え上げるまで、今まで生きてきた中で一番素早いスピードが出ていた事だろう。しかしトラックを真っ正面から目にし、恐怖すると身体はピクリとも動かなくなった。
 人間は本当に危機が訪れると咄嗟に身体は固まってしまうものだと一度は聞いた事があるだろう。今のオレはまさにその状態だ。
 冷たい風が身体を撫でて、額に嫌な汗が伝った。







 そして冒頭に戻る。
 つまりオレはトラックに引かれたのだ。身体は痛くてどうしようもないし動けないし痛みで頭がおかしくなりそうだ。

 ──痛い。
 痛い痛い痛い痛い痛いイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。

 誰か助けて。

 頭が割れそうな程痛い。

 腕も痛いし脚も痛いし身体中が痛い。痛くて痛くて仕方なくて何も出来ない。息をするのさえも痛いし苦しい。
 ピクリとも動かないオレに業を煮やしたのか、もぞもぞと猫が腕の中から這い出てくる。そしてオレの事など自分には関係ないとばかりに向こうの歩道に走り去っていった。

 酷いな。恩知らずの猫ちゃんめ。感謝しろとは言わないが労ってくれよと抗議したかったが、何分痛みで声も出ない。

 痛くて仕方ないのに何故か意識はしっかりとしていた。ざわざわと人の声が聞こえる。
 救急車は!?と男の人の声。キャーとオレを見て叫ぶ女の人の声。ひかれたのか!?と噂ごとのように騒ぐ色々な声が混ざり合う。

 気持ち悪い。少し黙ってくれと痛む頭に鞭を打って思う。こんな状況なのに冷静な、と他人なら思うかもしれないがオレは全く冷静ではなかった。
 色々考えを巡らせているのは、他にこの痛みから逃げる方法がないからだ。
 息苦しくてはぁ、と息を吐くと誰かの声が聞こえた。

「大丈夫!?意識はある!?ボクの声聞こえるかい!?」

 どうやら男の人のようで黒い革靴を履いている。その革靴の下の血が見えた。血?あぁオレの血か。オレの血を踏み革靴が動く度に血が跳ねて汚れていく。
 聞こえますよ、意識もありますよ、この状況で大丈夫な訳ないですよ、靴が汚れますよと言いたいのだが生憎声も出ないし、痛いのでそもそも喉を動かせない。
 ボーと革靴を見つめていると、ニャーと鳴き声が聞こえた。

 ざわざわと蠢く音と影の中でその鳴き声だけがオレに不自然に響いた。まるでその音だけ切り取ってオレの耳に張り付けたように轟く。
 こんな時でも猫に反応するのかよオレ…、と自分に呆れ半分に目だけを動かすと目の前に黒猫がいた。
 真っ黒な猫は瞳までも真っ黒で目と毛の境目が近くで見ないと分からないほどだ。
 その真っ黒な瞳はただオレを見つめる。まるでその瞳に魅入られたように視線がそらせなかった。




 ───助けてほしい?


  そう、猫の瞳が言っているように思えた。
 猫がそんな事を言うわけないのは痛いほど分かってる。ならば何故そう思ったのか。そんなのは考えても分からなかった。ただ頭に浮かんできたのだ。
 自分が助けてほしいばかりにそんな妄想を描いたのかもしれない。けれどその言葉が頭から離れない。猫の目は真剣で何故かこんな状況なのにまるで懐かしい物を見るような気分になった。
 猫の目が鋭くなった。まるで答えを急かしているようだ。

 助けてほしいか?だと?


 そんなの、












「……っ助けてほしいに決まってんだろ……!」












 痛いんだ、身体中が。
 その痛みから逃れらるくらいなら猫にでも藁にでも縋ってやる。

 オレの喉を伝って掠れた声が出た。自分の声かと疑うほどに低いし、ガラガラと枯れていた。けれど動かすのもはばかられる程の喉の痛みは消え去って、声はハッキリとその場に響いた。

 まるでそれが合図かのようにオレの意識は唐突に深い闇の中に沈んだ。


 そして言葉を聴いたであろう猫の瞳が鋭く光ったのを霞む視界で辛うじて捉えた。













【プロローグ終了】
 

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