765Project

□第2話
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「なぁ唯地(ゆいち)、オメー高校何処に行くんだよ?!」

学ランを着た黒軌の真っ直ぐな視線が、影野(かげの)唯地には痛かった。
何故なら……。

「……悪い。親の都合で、高校は千葉に行く事になったんだ」

「千葉ぁ?!」

唯地の両親は、世界でも有名な研究者だった。
そんな彼らは、ついこの間千葉にある大学に名誉教授として招かれており、家族で移り住む事になったのである。

「悪い、『先生』にもどうにか出来ないかって掛け合ったんだが……」

「……チッ、何か不都合でもあんのかねぇ?」

「さぁな。けど俺らがどうにか出来る事じゃないからなぁ……」

2人は深くため息を吐く。

「仕方無イネ」

黒軌が、何故か片言でそう言いながら席に戻った。





その帰り、楽器店の前を通った時の事だ。
黒軌は唯地にこう切り出した。

「なぁなぁ、2人でバンドしよーぜ!?」

「はぁ?何でまた……」

「離れるまでに、動画の10個位上げられんだろ?」

「……それもそうだな」

脈絡の無い会話だったが、唯地には黒軌の気持ちが理解できた。

(なんだ、こんな騒がしいアホでも俺が離れると寂しがるんだな……)

そこから、2人は動き始めた。
唯地は音楽の授業でギターに触れて以来、自前を用意するほど熱中していたためギターで参加する事にし、ボーカルは黒軌が担当する事にした。
残りのパートは、カバーの元となる音源に自分達の音を乗せる事にしたため不要となった。
機材も、唯地の家に揃っていたため特に問題も無かった。





そして、3月の下旬。
実に13もの楽曲をカバーした2人は、高評価を受け一部で実力を評価されるアマチュアとして認知されていた。
そんな中、唯地が千葉に向かう日がやってきた。

「じゃ、俺が行っても歌くらいは上げてくれよ?」

「テメーこそな!」

あくまで強気な黒軌に、思わず口元を緩める。

「クロ……今度は本格的にバンドを組もうな」

「……あたりめぇだ……べらぼうめぇ……っ!」

強気だった黒軌は、その言葉に涙を溢しながら返す。

「……またな、クロ」

「…………おうっ!」

唯地は車に乗り込んだ。
そして……。





◆◆◆





「……また、この夢か」

時刻は午前5時、影野唯地の意識は覚醒した。
入学式から、1週間が経過した彼は未だにこの夢を見続ける。

「……起きよう」

そう呟くと、朝食の支度を始めるべくベッドから抜け出した。





彼の両親は、専ら研究者として活動するため平日は家に帰ってこない。
それでも毎週日曜日は家族で過ごしている。
そのため、家事は唯地が自分でやるのだ。
米を磨ぎ、朝食を作り終えた唯地はジャージに着替えると外へ向かう。
好きな曲を音楽プレイヤーで掛け、町内を走るのが彼の日課だ。





ランニングを終え、朝食を食べた唯地は身支度を整える。
学校指定のブレザーに袖を通し、忘れ物が無いかを確認した後は、ギターを少し弾く。


〜〜♪


腕を落とさないためにも、欠かすことの出来ない日課だ。
そんな時間を過ごした唯地は、鞄を持って外へ出る。学校へは少しばかり距離があるため、自転車に乗って登校するのだ。
都会暮らしが長い彼にとっては、馴れない風習の1つである。
小、中学校と徒歩や交通機関を用いて学校へ通っていたため、自転車に跨がり校門を潜るのは何かいけない事をしているようで未だににやけてしまうのは彼の中でも治したい点である。





「あ、影野君おはよう!」

彼の両親が購入した売家の庭から自転車を出し終えた唯地に、隣に住むクラスメイトが挨拶をしてきた。

「おはよう、天海(あまみ)さん」

天海春香(はるか)という頭に付けた2つのリボンが特徴的なその女生徒と唯地は家を出る時間帯が度々重なる。
同じ場所に行くのだから、それは当然なのだが女っ気の無い唯地としてはありがた迷惑という物であった。いや、迷惑ではないのだがあまり自分に自信の無い彼が春香と並んで学校へ行くというのは少々気恥ずかしいのだ。

「ここら辺は、もう慣れた?」

「まぁ……少し慣れてきたかな、あはは」

引っ越してきたばかりの唯地に、春香は気さくに話し掛ける。
それに対して、唯地は緊張しているせいか取り繕うような言葉しか返せない。

「そ、そっかぁ!」

ぎこちない笑顔だが、異性を惹き付けるには充分だった。

(……か、カッコいい……って、影野君はただのお隣さんなだけだよ!?)

長身で、細身ながらしっかりとした体格。
そして、整った顔立ち。
影野唯地は、いわゆるイケメンであった。
女っ気の無いのは、また違ったベクトルで女性を惹き付ける黒沢黒軌が隣に居て女子が、どちらにしようか迷った挙げ句静観しようと判断した結果だ。

「あ、天海さん!」

「ふぇっ?!」

途絶えてしまった会話を繋ぐべく唯地が声を張り上げる。

「えっと……いつもありがとね」

信号が赤になった時、唯地は春香に言った。

「俺と一緒に、学校へ行ってくれて。
天海さんが居なかったら、今頃不登校になってたかもね」

今度は、自然に笑えた。

「えへへ……全然良いよ!お隣さんだし、高校で初めて出来た男友達だからね」

「それは光栄だ」

彼女の笑顔に、唯地の心臓はいつもより勢いを増してリズムを刻んでいた。





◆◆◆





「──で、影野君とは付き合ってるの?」

昼休み。
中学校も一緒だった友達と昼飯を食べていた春香に、友達が訊ねてきた。

「えぇっ?!そ、そんな付き合うなんて……!」

顔を茹で蛸か何かのように赤くしながら首を振る。

「あんな優良物件居ないって。春香は可愛いんだから簡単にゲット出来ちゃうでしょ?」

もう1人の友達も、春香にニヤリとして聞いてきた。

「ふ、2人とも何言ってんのっ?!」

どうやらこの2人は、春香と唯地の仲が気になるようだ。
ちなみに、最初に質問した方は桐子(とうこ)、次に質問した方は佳奈(かな)という名前である。

「隣に引っ越してきたのがイケメンなんて……こりゃ狙うしか無いでしょ!」

「いや、あの位のルックスなら既に彼女は居るんじゃないのか?」

握り拳を突き上げる佳奈に淡々と分析をする桐子。

「もう!他人事だと思ってぇ!」

「ふっ……だが、影野君はどうもこの学校に馴染んでいないようだぞ?」

春香を宥めるように桐子が言う。
彼女の言葉に2人は唯地の席を見た。

「「ホントだ……」」

固形栄養食を食べながら、スマートフォンとは形状の異なる携帯端末を操作している唯地を見た2人は、声を揃えて呟く。

「そういえば、あまりみんなと話してる所見た事無いよね」

佳奈は、思い出したように言った。

「ま、そこをどうにかするのは春香の仕事なんじゃないか?」

「え?私っ?!」

桐子の言葉に、春香は驚いた。

「当然でしょ?影野君が唯一話してるクラスメイト、春香だけなんだし」

提案した本人は、自己完結していた。
その桐子に次いで春香を押すのは佳奈である。

「乙女道初段の春香しか、影野君は攻略できないでしょ」

最早どこから突っ込んで良いのやら判らなくなった春香は、とりあえず一番のツッコミ処を突っ込む。

「だから2人は私と影野君をどうしたいの?!」

「「無論私達は恋のキューピットになるのだよ」!」

打ち合わせでもしてるんじゃないかと思わせるほど、無駄に息の合う2人の回答に春香はため息を吐いた……。





◆◆◆





放課後、佳奈曰く乙女道初段の春香は唯地と一緒に帰宅していた。

「で、でも天海さん……。俺なんかと帰っても面白くないよ?」

「いやそんな事無いよ?」

初めて異性と帰路を共にする唯地に興奮は無く、寧ろ疑惑しかなかった。

(──何故天海さんが急に俺と帰ろうなんて言い出すんだ?
どこか表情も固いし……恐らく自分の意思じゃないのだろう、それにやたら俺の事を横目で観察している)

人の心理を行動や表情から読み取る、いわゆる読心術に似た物を得意とする唯地には、春香が怪しいと思えた。

(あれ……何か怪しまれてる?)

一方の春香も、唯地からの不信感をひしひしと感じていた。





実はあの後、桐子の提案で高校生の鉄板ネタ『放課後一緒に下校』というイベントを通して対象(唯地)を観察してくる任務を言い渡されていた。

「私の読みなら、彼は人の事はよく見て慎重に行動するタイプだ」

「何でそんな事断言できるの?」

桐子の言葉に佳奈は首を傾げる。
春香は言い渡された仕事にそれどころではない。

「何、同種の匂いというやつだよ」

そう言って、不敵に微笑む桐子の言葉は今頃になって春香に突き刺さった。

(うわぁ……今私滅茶苦茶疑われてるよぉっ!)

自転車を漕ぎながら、隣の唯地を盗み見る。
今の唯地の行動1つ1つが脅威に思えた。

(……朝もそうだけど、時々こうやってどこか遠くに居る誰かを想うような顔になるんだよね。
やっぱり、向こうの友達の事を思い出しているのかなぁ?)

春香は、唯地の何かを考える顔を見ながら思った。

(──しかし、何たって急に俺と帰ろうなんて?
会話だって朝行き合ったらする位の仲でしかない……まさか『アレ』の設計図を狙ってるんじゃっ?!)

この温度差である。
唯地は、両親の影響か理系分野に於いて凄まじい能力を持ち合わせており黒軌の生活を支援している大学教授に論文を提出し、時折科学雑誌に名前が乗る程だ。そして今は、プログラミングに留まらず実際に部品から機械を組み立てる事に熱中しており、企画段階で細かい微調整をすれば現代の科学を上回る装置を発明中なのだ。

「あ、もうすぐで家だね」

春香の呟きで唯地は我に帰ると、確かに自宅付近だった。
同時に1つ大事な事を思い出した。

「そうだね……天海さん、天海さんの家の今日の夕飯何だか解る?」

「さ、さぁ……?でも、急にどうしたの?」

ようやく出た話題に戸惑いながらその真意を訊ねる。

「平日の朝と夜ご飯、親が居ないから自分で作ってるんだけど……何にしようか朝から考えてたんだけど決まらなくてさ。
天海さんなら何か良い案が出るって思ったんだよ」

困ったように笑いながら唯地は答えた。
ちょうど春香の自宅の前に来た。

「えっ?!影野君自炊してるの?」

「あはは……まぁね。でも自炊する男子なんて気色悪いだろう?」

自嘲気味の言葉に、春香は力強く首を横に振った。

「そんな事無いよっ!今の時代、料理するイケメンが蔓延ってるんだから!」

「へぇ……」

春香の力説に、唯地はたじろいだ。
そんな時、天海家の玄関が開いた。

「あらお2人さん、そんな所で何を騒いでるの?」

「お母さんっ!?」

現れたのは、春香とそっくりの彼女の母親であった……。





◆◆◆





(どうしてこうなったんだろう……?)

唯地は、春香の母にほぼ強引に自宅に上がらされていた。
主婦のごり押しは論理ではない事を今日初めて体感した唯地は、改めて案内された部屋をぐるりと見渡す。

「あ、あんまり見ないでよっ!片付いてないんだから」

「ご、ごめんっ!」

母親に通された先は、春香の部屋であった。

(……だけど、綺麗に整頓してあって落ち着く部屋だなぁ。女の子の部屋って、もっとこう……ごちゃごちゃしてるイメージがあったけど、俺はこういう部屋の方が好みだ)

「ごめんね影野君、いきなり上がらせちゃって……」

「いやいや、謝るのは俺の方だよ。男が女の子の部屋にいきなり入るなんて嫌だろうしさ」

この状況に追い付いていないのか、唯地はともかく春香まで借りてきた猫の様である。

「そんな事無いよ、影野君とこうやって話すの楽しいし」

「…………ははっ」

部屋の中央で所在無さげに正座をしていた唯地は、肩に力が入りながら笑みを浮かべる春香の台詞のおかしさに、足を崩しながら笑った。

「えっどうしたの?」

自分の言葉に何か落ち度でもあったのか考えながら訊ねる。
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