765Project

□第2話
2ページ/3ページ

「天海さん……その台詞を緊張しながら言われても、説得力無いよ」

クスリと笑う彼に、春香はようやく自分が緊張している事に気付いた。

「……えへへ」

恥ずかしそうにはにかんだ春香を見ていた唯地は、制服のポケットから振動を感じる。
端末機を取り出すと、父親から着信が来ていた。

「やっと、折り返しが来たか」

スボンからコードの付いていない耳掛け型のイヤホンの片耳部分を取り出すと、耳に引っ掛け耳に押し付けるようにイヤホンを指で押す。

「『もしもし、何か用か?』」

「もしもし親父か?今日隣の天海さんの家で夕飯の席に誘われたんだが……」

「『何ィッ?!……羨ましい限りだ、俺も行ければ行きたかったな』」

「……はぁ、それで俺はどうすりゃ良いんだよ?」

「『ご馳走になってきなさい、ついでにこれからの平日についても面倒を見てもらえるように父さんから天海さんにお願いしておくからな』」

「──……は?」

「『そうそう、お前が春香ちゃんとアレコレする仲になっても父さん達は応援しているからな。じゃ、避妊だけはしておけよ』」

「あ、おいっ!?」

父親は息子に言うだけ言うと通話を切ってしまった。

「……何でこう、なぁ?」

いそいそとイヤホンを片付けながら肩を落とす。
ふと、春香から注がれる視線に違和感を覚えた。

「どうかした?天海さん」

「……影野君、それってケータイじゃないよね?」

黒塗りの薄い、掌大のスマートフォンの様な形をした携帯端末機を指差した。

「さっきのイヤホンも」

キョトンとした表情で訊ねる春香に、唯地はしまったという表情をした。

「教えてほしいなっ!」

椅子から下り、床に座る唯地の顔に、太陽のような笑みを近付ける。

(か、可愛い……じゃなくて!)

その純粋な瞳にクラリと来たが、覚悟を決めた。

「……実は、俺の手作りなんだ」

とびっきりの笑顔で、端末機を見せながら言った。

(あぁ、終わったな……。天海さんと始まろうとしていたリア充ライフが……)

走馬灯の様に、春香の笑顔が頭の中で浮かんでは消える。

(さぁ……砕けよう……気色悪い理系オタクは罵詈雑言を浴びてなんぼさ……)





「えぇぇぇぇッッッ!!?これ影野君が作ったの!?凄いなぁ……」

「────え?」

唯地が見せている端末機をキラキラした眼差しで見ながら称賛の言葉を向ける春香が、天使に見えた瞬間だった。

「──気色、悪がらないのか……?」

目を見開きながら、春香に訊ねる。

「えへへ、カッコいいもんこういうの出来ちゃう男の子って!」

「天海さん……」

「でもホントに凄いなぁ、コレ。何が出来るの?」

その笑顔は、純粋な輝きを放っていた。
差し込む夕日ですら不純物に思え、それでいて燈色の中のそれは見る者を魅了し夕焼けでしか見れない、ある種の儚げな色彩を帯びている。

「──ケータイとかスマホとか……後はミュージックプレイヤーみたいな機能も付いてるんだ」

だからだろう。
拒絶される事を恐れた彼が何の臆面も無く春香と話せるのは。

「へぇ、そうなんだぁ!」

「スマホのアプリ以外にもコレ専用のアプリも有るんだよ、例えばこの端末1つであらゆる電化製品を操作できたりね」

天海家の夕飯の時間まで、春香の質問に唯地は丁寧に答えた……。





◆◆◆





「そんな訳で春香、明日の朝から唯地君が食卓に来るけど構わないわね?」

「「えぇっ?!」」

食事が終わった直後、春香の母親は唐突に言った。

「事情は唯地君のお父様から聞いたから、安心してウチに頼ってね」

春香も唯地も突然の事に、開いた口が塞がらない。

「……って、アレ唯地君?聞いてなかった?」

「聞きましたが……天海さんのお母様が了承するとは夢にも思わなかったので」

「私は、春香の友達なら歓迎よ?それに貴方なら、春香の事を大事にしてくれそうだしね。
いやぁ、母親としてはこんな良い男を逃す手は無いでしょ?」

「まぁ、確かに両親は大学の名誉教授で研究施設も持っている位立派ですけど」

唯地は、呆れながら言う。彼は自分を優秀だと思った事は一度も無いし、自分に自信を持った事も無い。

「いいや、ご両親の事を抜かして……貴方個人が、春香を任せても良い男だって思ったのよ?」

「お母さん……」

「春香、お母さんこういう男の子は間違いなく春香を幸せにすると思うわよ?」

母は娘に、人生の先輩としてアドバイスをした。

「さ、デザートが用意できたら呼ぶから2人は部屋に戻っていなさい」

「デ、デザートまで貰っちゃ流石に悪いですよっ!」

唯地の言葉に、彼女は反論した。

「いいえ、遠慮は要らないわよ。私は唯地君を家族みたいなものって思ってるから」

「いやしかし──」

「問答無用、この家に足を踏み入れた以上そう決まったのよ」

「ですが──」

「 食 べ な さ い 」

「…………はい」

勢いに圧された唯地は、屈服し春香と共に部屋へと戻った……。





「…………随分とアグレッシブなお母様だな」

「普段は、ああじゃないんだよ?」

「へぇ」

そのまま、2人は何も言い出せなくなる。

((き、気まずい……とりあえず話題を……!))

「「あのっ!」」

同じタイミングで声を出してしまう。
どこのラブコメだよと思いながら唯地は口を開いた。

「……レディファーストだからな、昨今は。
てな訳で、天海さんは俺に何を言おうとしてたの?」

その言葉に春香は、少し悩んでから話した。

「……話す事の前に、1つお願いがあるんだよ」

「お願い?」

唯地の鸚鵡(おうむ)返しに春香が頷き、続ける。

「せっかく一緒に朝晩とご飯を食べるんだからさ……私の事、名前で呼んでほしいなっ!」

「た、確かにその話には納得できるな。
天海家で飯をいただくのに天海さんじゃ誰を呼んでいるんだか解らなくなるし……」

唯地は自分を説得するように話す。

「でしょ?」

その目は、暗に早く名前で呼べと言っているように見えた。
唾を飲み込むと、影野唯地は意を決した。

「……………は…………………………………春香」

「は、はい……」

耳の後ろや首までトマトの様に赤い唯地を見て、春香も何だか恥ずかしくなってきた。

「お、俺も……一緒に食事をする人には、その……名前で呼んでほしい……」

「うぐぅっ!」

まさかの切り返しに、春香も顔に熱を感じる。

「……ゅ……唯地……君」

「お、おうっ」

ストロベリーな空間を展開する2人だったが、やがて春香が聞きたかった事を言い始めた。

「ゅ、唯地君はさ……中学の時、友達ってどのくらいいた?」

「うーん、定義で人数は変わってくるけど……1番仲の良かった奴は1人だな」

「へぇ、以外と少ないね」

「そいつとはここに来る前に、一緒にバンドを組んでたんだ。なんでも、俺との思い出作りでな」

唯地は、端末機を操作して動画投稿サイトにアクセスする。

「まぁ、カバーバンドだったし2人しかいなかったんだけどな?
その友達がボーカルで俺がギターで、このサイトに曲を上げてるんだよ」

唯地は、春香に端末機を渡した。

「このサイトって……」

それは、『スマイル動画』と呼ばれている動画投稿サイトであった。
アニメやゲーム等のサブカルチャーを主としており、またそう言ったユーザーが利用しているが、最近では純粋な動画投稿サイトとしての側面を見せるようになったサイトである。

「あれ?春香も知ってたんだ……このサイト」

「うん、半年くらい前にこのサイトを知ってからね」

そう言いながら、唯地に端末機を渡す。

「こんな可愛い子も使ってたんだな……」

「ふぇっ?!」

「ふ、深い意味は無いぞっ?!」

自分の考えが口に出ていた事に驚いた唯地だが、ネックバンド型のヘッドフォンを端末機に接続して端末機ごと春香に渡す。

「まぁ、聴いてみてよ」

唯地の言葉に頷くと、再生ボタンを押した。





「す、凄かったよ……」

ヘッドフォンを返しながら唯地に言う。

「ありがとう」

何やら衝撃を受けたような顔をする春香に、首を傾げながら受け取る。

「唯地君ってホントに凄いなぁ……機械も作れてこんなにかっこよくギターまで弾けるなんて」

「偶々だよ」

「私には何にも無いもん、唯地君みたいな『特別に凄い特技』なんて……」

寂しげに言う彼女に、自分を見ている気分になった。彼もまた、自分の隣に居た男が誰よりも羨ましくて、密かに憧れを抱く存在だった。
だからこそ、余りにも眩い『何か』を見てしまった時自分がちっぽけに思える虚しさに唯地は共感できる。それに気付かせてくれたのは、他でもない春香だ。

「春香、それは違うよ」

笑顔がこんなに苦しい物だというのを初めて知りながら、口を開く。

「春香には、1つだけ……誰にも負けない物がある。それは、周りの人を幸せな気持ちにさせる、っていう凄く大切な力だ。
実際、今朝の話じゃないけど……春香がいなかったら俺はとっくに退学願を担任に叩き付けてたし」

「唯地、君……」

「だから、その……もう少し自分に自信持ってよ!
春香が凄い事は、俺が保証するからさ」

唯地は、穏やかな笑みを浮かべた。
それだけで、何故か安心できた。

「……うんっ!」

それと同時に、1つ思った事が彼女にあった。

(こんなお兄ちゃんが欲しかったなぁ……)





◆◆◆





「──とりあえず爆発しろ春香」

昼休み。
昨日の任務の報告を受けていた桐子の一言目だ。

「ひ、酷いよ桐子!桐子が言ったんじゃん!」

「誰がそんな砂糖口から出そうなノロケ話をしろって言ったんだよ!」

佳奈は今にも本当に砂糖を吐きそうな顔をしながら怒鳴る。

「その、成り行きと言うか……えへへ」

2人の視線を受けた春香は『のワの』な顔をして流した。

「……ふぅ、と言う事は今朝も同じご飯を食べて一緒に来たの?」

桐子は甘ったるい空気を払拭すべく話を進める。
春香はその問いに肯定の意を示す。

「なら、春香も本格的に準備しないとね。
都心にコネを持ってる影野君なら……どうにか出来るんじゃないの?」

「そ、そうなのかなぁ?」

「春香の話通りなら、明らかに表沙汰には出来ない巨大なコネが無くちゃオーバーテクノロジーの端末機なんて材料を調達する段階でまず作れないだろうし……実力が備わってるギタリストなら、関係者が声を掛けてる場合があるだろうし」

桐子は、自身の考察を春香に告げる。

「桐子って妙にそういうの詳しいよねぇ……ま、面白いから何でも良いけどさ」

佳奈は完全に乗り気だ。

「私達、春香の夢を応援するからね」

「ありがとう……私、唯地君に相談してみるよっ!」

応援すると言った桐子と、見守ってくれる佳奈に感謝した春香は、唯地に自分の夢を伝える決意をした。





◆◆◆





そして放課後。

「さ、上がってよ」

「お、お邪魔しまぁす」

春香は話をするべく、唯地の家に来ていた。
唯地の部屋に入った2人は唯地の用意した机と椅子に腰を下ろす。

「学習机は壁に向くから使いたくないんだ」

「そうなんだ」

「それで、話っていうのは一体?」

冷えた麦茶を渡しながら、唯地は本題に入る。

「えっとね……私の将来の夢、唯地君に話してないよね?」

「そうだったな、そんな話題になった事は無かった気がする」

話しづらい事なんだろうと予想して、急かさないように言葉を選ぶ。

「私の将来の夢……『アイドル』なんだ」

昨日彼に言われた通り、自信を込めて言った。

「アイドル……良いじゃないか。俺も出来る限りの手伝いをするよ」

ニュアンスでしか知らない職業だったが、夢を追いかけるのを妨げる権利は誰にも無いと考える唯地は、肯定した。

「ありがとうっ!」

「いやいや、とりあえずご両親に話してみて……OKが出たら俺の知り合いに会いに行こう」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ