765Project

□第6話
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「──で、今日は確か吉高達にケータイとパソコンを見繕えば良いんだよな?」

俺は、届いたカレーを一口飲み込むと確認の意味を込めて皆に聞いた。

「よろしくお願いします、唯地」

隣の命が申し訳なさそうに言う。
だが、こうして1ヶ月ぶりに顔を見る事が出来ただけでも御の字だ。

「あぁ……クロ、俺が居なくてもパソコンの設置はお前でも出来るよな?」

「大丈夫だ、問題ない」

春香を待つ都合がある俺は残念ながらあの樹木達に隠れるようにひっそりと建つ吉高の家に行く事が出来ない。
だからこそ、配線やらコードやらの準備が可能なクロに後を託す事にした。

(……まぁ、長い休みになれば行けるから別に良いかな)

そして俺は目の前のカレーを、久々に会ったコイツらとついこの間初めてミスリルを訪れたという如月さんとの会話を楽しみながら食べた……。





◆◆◆





「あいたたた……」

うぅ、本日3回目……。
でも最後まで転びきったのは初めてだよ?
唯地君は相変わらずベストなタイミングで手を伸ばしてくれるから、2回目までは転び初めの段階で事なきを得ていた。
学校への往復で一緒になる唯地君は、私がよく転ぶのを不思議そうに毎回眺めている。
もちろん肩を引き寄せる事で毎回私が地面にダイビングするのを防いでくれるから、本当にありがたいね。
でも、たまに人を本気で研究機関に入れようかって呟くのだけは止めてほしい。

(多分、あの妙にずば抜けて高い知的好奇心とマイナス思考さえ無くなれば間違いなくモテモテなんじゃないのかな……?)

クラスの中では完全に空気と化しているけれど、もう少し積極的にクラスに打ち解けようとすれば絶対に学校中の女子は振り向くと思う。
だが、本人に言ってみたら……。

『とうとう転びすぎて、俺への認識に異常を来したのか?……そうだ、知り合いに腕の良い脳外科医と内科医が居るんだけど見てみる?』

状況が状況なら間違いなくハートを鷲掴みにされそうな心配そうな顔でそんな事を言い放った。

(まぁ……最近は慣れてきたけどね?)

さて、気付いたらさっき見付けた雑居ビルの前に来てたみたい。

「すぅー……はぁー……」

軽く息を整えるように深呼吸をした私は【たるき亭】というらしいその青い看板の掲げられた店を尻目に、裏手へと回っていく。
ドアノブに手をかけて中に入ると、エレベーターがあったけど生憎と故障中。

(確か3階だったよね)

階段を昇りきると、何だか古びた扉があった。

【芸能事務所765プロダクション】

間違いない、ここだ。

「……よぉし!」

気合いを入れ直して、その扉を軽く叩くべく拳を握った。
腕を上げた瞬間、スモークガラスの向こう側に人影が見える。
その人物は、扉を開けて出てきた。

「…………何だァ?新聞ならお断りだぜ?」

草臥(くたび)れたスーツを着て、左手の袖の中から伸びている杖の途中から生えたグリップを握り締めた男の人が、気だるそうに言った。

……ちょっと所じゃないくらい恐いです、はい。
でも負けるな私!
何たって、乙女道初段なんだしっ!

「……あぁ、ここに面接しに来た天海春香だったか」

って意気込んだ矢先に自己解決されちゃった……。
ありがたいけどさ。

「俺は、このオンボロ事務所で一応事務員をしている岳ヶ谷レンだ。
とりあえず、中に入れ」

「は、はいっ!」

うぅ、この人は私に何か恨みでもあるのかなぁ……?岳ヶ谷さんは、慣れた足取りで杖を突きながら事務所の中へ進んでいく。
そしてポケットから携帯電話を取り出すと、何処かへ電話を掛けた。

「チッ……おい爺(じじい)今何処に居やがる!……あぁ?今日面接する奴が今来たからこうして電話してんだろーが……あぁ、とにかく茶ぐらいは出して凌いでおくから早めにしやがれ」

岳ヶ谷さんは電話を切るとポケットに仕舞い込んだ。
そして、私にソファへ座るように命じるとその場を離れる。

(……ここが、事務所)

唯地君の下調べで、この事務所はあまり儲かってはいないようだという事を知っていたため驚きはしなかったが、ソファが草臥れている事から本当に儲かっていないのだと実感する。

「天海ィ、緑茶と珈琲どっちが好きだ?」

声のする方を見ると、杖を突いているというのに全くぶれないでお盆を持ってくる岳ヶ谷さんが居た。

「も、持ちますよ!?」

「良い、計算してンだから余計な力加えンじゃねェ」

「は、はい……」

そう言えば、唯地君も似たような事を言っていたような……?
重い物を運んだりするのによく重心や持ち方を一工夫しているとか。

「じ、じゃあお茶で……」

机の上に置かれた湯飲みを取る。
それにしても、どうにも岳ヶ谷さんは取っ付きづらいなぁ……。
何と言うか、唯地君とは違う意味で本当に住む世界の違う人みたいな感じがするんだよね。

「……で、何でこんな無名オンボロ事務所の扉なんか叩いたんだ?
今ならまだ引き返せるぞ」

(……この人本当にここの事務員さんなんだよね?)

岳ヶ谷さんは先程と変わらない口調で言ってきた。

「最近勢いの出てきた『新幹少女』を抱える『こだまプロ』でも良いし、
総資産額では他に追随を許さない『961プロ』だって、別に良いじゃねェか。
ここは、ろくに人気も無ければ営業に費やす金もねぇ……それどころか、今デビューしているアイドルはたった1人、候補生もただの1人。
……天海、ここの社長が帰ってくるまであと10分。
考え直すなら今だぞ?」

「……どうして、そんな事言うんですか?」

気に入らないなら、素直にそう言ってほしい。
不機嫌そうな顔をされている上に、遠回しに拒絶されれば私だって嫌な気分になる。

「この面構えと言動は俺の癖だ、別にテメーが気に入らねぇ訳じゃねぇよ」

「ご、ごめんなさいっ!?……あれ、私声に出てましたっけ?」

つい口を抑えてしまう。
無意識に呟いちゃったかなぁ……?

「いや、天海が俺を見たら思うだろう思考パターンをシュミレートした中で最も採るであろう思考を選択した結果だ」

「…………はい?」

「テメーを見れば、大抵の事は計算できる。転びやすい事もな」

「エ、エスパーですかっ!?」

だとしたら、私のアンナコトやコンナコトがぁ……!

「……まぁ、似たような存在だな。ただし今のは全て俺の計算結果だ」

「あれ?……否定しないんですか?というか、計算って……?」

大の社会人が、自分をエスパーだと言われても特に否定しないのは、一体どういう事なんだろう?
否定する事自体が面倒なのか、或いは『本物』なのかのどっちなんだろうなぁ?

「今は、俺に対する認識は曖昧にしとけ。じゃねぇと死ぬぞ?」

「う……はい……」

これが俗に言う殺気なのか妙な圧力を感じた私は、これ以上エスパーか否かの問答をするのを止める。

「まぁ、計算っつうのはアレだ……天海の場合は考えてる事が顔に出るから」

「あぁ、よく言われます」

主に唯地君に。

「つまり、そういう事だ」

何となく解ったけど、この人は表情で思考回路も読めちゃうって事だよね?
って何も言ってないのに頷いてるし……。

「話を戻すぞ。ウチの事務所は下手をすればブラック企業もいい所だ。
面接したその場で内定は出すし、金回りも良くねぇ。
……それでも、天海はここでアイドルになりてぇのか?」

やっぱり、本当に事務所の事情は芳しくないんだろうなぁ。
でも、私にとっては些細な事だ。

「はいっ!確かに、この事務所の事を知ったのはほんの偶然ですけど……それでも、何故かここが気に入ったんです!」

そう、私は本当に何となく気に入った。

「それに……今は全然まだまだだろうけど、自分の本当の実力を試してみたいんですっ!」

唯地君が話してくれた、彼が焦がれる理想の人──彼の名は黒沢黒軌君、通称クロ君──の信条。





『バカヤロー。逆境をはね除けて掴んだ物にこそ、価値があるんじゃねーか』





私も、その言葉に密かに憧れを抱いた。
言うは易し、行うは難し。

でも、憧れたからには近付かなきゃその憧憬は遠い物になってしまう。

私は、アイドルになる。

なら、眩いそれに近付かなきゃ私の夢まで遠い物になってしまう。

アイドルは、みんなの憧れなんだから。



「だから、お金にも人気にも頼らない……この事務所だからこそ!やる意義があるんですっっ!!」


















「クッ……クククッ……フフッッ……ハハハッッ!!ハハハハハッッ!!」















「……あの、岳ヶ谷……さん?」

余程おかしかったのだろう肩を揺らして笑っている。

「ククク……いや、俺の近くにもテメーみたいなのが居てなぁ」

そう言うと、岳ヶ谷さんは徐(おもむろ)に立ち上がり入り口に向かう。





「よぉ、入り口で盗み聞きたぁ良い度胸じゃねぇか……クソジジイ」

「い、いや、その……これには海よりも深い事情があってだね……!?」

朗らかなおじさんの声が聞こえてきた。

「マリアナ海溝よりも深かったらアレだが、どうせ大した事情じゃねぇんだろ……それより俺は今から『定期検査(メンテナンス)』に行くから後はやっといてくれよ。
ノルマは終わってる」

「そうか……朗報を期待しているよ」

「………………ハッ」

扉が閉まる音がすると、ゴムがコンクリートに擦れたような音が響いた。

「やぁ、君がアイドル志望の天海君だね?
私は、この会社の社長を務める高木順二郎だ」

「ほ、本日はどうもありがとうございますっ!」

ほぇ〜……この人が社長さんなんだ……。

「いやいや、そんなに畏まらなくても良いよ。何せこれからこの会社の発展に尽力を尽くし合う仲間じゃないか」

「は、はい!……はい?」

耳当たりが非常に良いからついついスルーしかけたけど、何かおかしかったよ?

「うん、先程外から聞かせてもらったのだが……君の言葉に感銘を受けた!是非我が765プロでアイドルをやってくれたまえっ!」



あれ……?
面接無しで私受かったの?

その後、無自覚のまま社長から色々と説明を受けた。

会社に入る訳だから、色々と機密事項やルールが存在する。
唯地君の予備知識が無かったら、受かったという事実に舞い上がるのも相重なり懸命に説明している社長には申し訳無いけど、理解できなかったと思う。

(……本当に何者なんだろう?)

毎日そこら辺の教師よりも解りやすく勉強を教えてくれて、今回も社長が言っている事を前もって教えてくれていた。

まるで、ここまでが全て計算されていたかのような言動。

甘いマスクの下に、彼は何を秘めているのか。
私は社長の話を聞く傍ら、少しばかり気になりだしていた……。










◆◆◆










「──まぁ、実際の所はガ〇ダムXが最強だと思う訳だが……どう思うよ?」

「だから私はガン〇ムとか……そもそもアニメや漫画は見ないから」

俺が吉高達と共に、別コーナーで待機してもらっていたクロと如月さんを迎えに行った時、2人はゲームコーナーで稼働していたテレビゲームをしていた。
正確に言えば、クロのプレイを如月さんが見ている形なのだが。

「というか、今クロが殴り壊しているこのロボットにも人は乗っているのよね」

『俺のこの手が──』と言っているあのモビルファイターの右手の閃光が〇ムやザ〇といった大量のモビルスーツをバタバタと薙ぎ倒すのを目で追いながら如月さんが口を開く。

「うっ……敵だから良いんですゥ!そういうゲームなんですゥ!」

「……でも、どうして争わなきゃいけないのかしら。
もっと話し合いとかでどうにかならないの?」

確か、ガンダ〇Xのニートさんは事実上1人で大量虐殺をしてしまった、というトラウマからコクピット恐怖症を煩いニュータイプとしての能力を完全に失ったんだよなぁ。
詳しい事はお近くのレンタルビデオ店で機動新世紀ガンダムXを借りて是非見て欲しい。
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