765Project

□第6話
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「無理だろ」

クロがバッサリと如月さんの言葉を切り捨てた。

「……ま、それもそうね。宇宙規模の戦争を話し合いで解決できたら、誰も苦労なんてしないわ」

何かを振り切るように聞こえたのは、気のせいかな?

「でも千早……お前内心どこかで期待してんじゃねぇの?」

「……別に、あんな人達に期待なんて……!」

「図星か」

「……くっ」

「前も言ったけどさぁ……もちっと俺を頼れよな?もう少し素直になるとか」

クロがそんな事を言うなんて……らしくないな。
アイツは進んで人から離れるような奴だったはずだ。

「……ありがとう、けどもう期待なんてしたくない」

「そうかい……」

最後のステージをクリアしたクロは、少し悲しそうな顔をしながらコントローラーを台の上に置く。

「でも、家族ってのは大事なもんだぜ?
居ねぇ人間だから実感するけどよ」

エンディングを見ながら語る。
そうだ……。
アイツは、家族が居ないからこそ誰よりも幸福を……人との繋がりを嫌った。
人が簡単に居なくなることを知っている。
だからこそ、俺達みたいな死ににくい奴としかつるまなかった。

「まぁ、千早が家族をどう思うかなんていうのに俺はあーだこーだ言う気はねぇけど──」

一瞬、クロと目が合う。
……やっぱりバレてたか。

「今日はそんな顔すんじゃねぇよ。折角遊びに来てるんだから」

如月さんに向ける笑顔は、俺が引っ越す前には見せたこともない物だ。

「あ……ごめんなさい。
……イライラして周りの人に嫌な思いをさせたら、両親と同じ。
クロが教えてくれなかったら、気付かなかった」

如月さんの笑顔にクロは柄にもなく照れていた。
……うん、野郎が頬を染めているのは見ても何も得しねぇな。
況してや、初めて見るし。

「……そうかい、それよりいつまでも待たせる訳にはいかねぇよな?」

「へ……?」

……あんにゃろぉ。
人が折角気を利かせて気配消してたのに、色々と台無しじゃないか。

「そうだな、とっくにパソコンも携帯も買い終わってるんだ」

如月さんは当然のように驚いていた。

「唯地ィ、貸し借り0(ドロー)な」

「あいよ」

内容としては恐らく、2人の大事な話を盗み聞きしてしまったことと引き換えに待たせたことを不問にする事だろう。

「ラ〇ィカル……グッド、スピードッ!」

入り口前に吉高達が居る事を伝えると、クロはそんな叫び声を上げて走っていった。

「……アイツは、いつもあんな感じなのか?」

「……あ、昔からなんですか?」

「あぁ」

どうやら、アイツはアイツだったようだ。

「如月さん」

「はい?」

俺は、クロを変えてくれたであろう少女を呼び、今一番言いたい事を言った。

「ありがとう」

「……何かしましたか?」

「アイツ、少し前は人と極力関わらないようにしてたんだよ。環境がそうさせたのかもしれないけどさ」

別に引きこもりをしていた訳じゃないけど、また違う意味で人と関わろうとしなかったんだ。

「何と言うか……感覚的になるけど、人の制止の声も聞かずに散歩のついでに高層ビルから飛び降りるような感じの無関心さ」

「何となく解ります、完全に自分の中で自己完結してまるで人なんか居ないように振る舞うんですよね。
それでいて、自分もどうでもいいみたいにして……」

如月さんにニュアンスが伝わったようで良かった。

「でも、クロは変わった。
何か大事な物を持ったような感じに。
如月さんのお陰だよ」

「いえ、私は何も……」

「それでもさ、これからもよろしくお願いしても良いかな?」

「!……はいっ!」

いやぁ、ホントはコイツら出来てるんじゃないのかなぁ……?


とにかく俺は、そんな疑念を胸に抱いたまま安心して如月さんにアイツを任せようと決めた。





その後は、収録の前日にまた来る事を約束して俺は春香と待ち合わせているアーネンエルベに足を運んだ……。










◆◆◆










「──率直に言うよ?
……君の身体は、あと半年持つかどうかだ」

私は、目の前に座っている青年の容態を包み隠さずに伝える。

彼の名前は、岳ヶ谷レン。

見た目は杖を突いている以外は普通の青年だ。
だが、見た目以外は何もかもが異常だ。
私は、個人病院の院長をしているがとある事情から、レン君の診察だけは私自らが執り行っている。

「……なんだ、半年もあんのか。俺ァ3ヶ月って見てたんだけどな」

「滅多な事を言わないでくれ……状況を判っているのかい?」

「簡単に言えば、身体にガタが来てんだろ?」

……そう、平然と会話をしたり業務をこなしていてにわかには信じられない話だが、彼の肉体は死体同然なのだ。

自己融解もしていないし、硬直もしていない。

しかし彼の肉体は既に機能していない……脳を除いては。





この世には、超能力というものが存在する。
本来、人が生きていく上では必要としない機能でありヒトがヒトのまま持ち合わせる特異能力。
俗に言う超常現象を引き起こす回線。

我ながら、医師として随分と常識から外れた事に足を突っ込んでしまったと思うよ。

だが、目の前に居る彼こそが何を隠そう超能力者なのだから驚きだ。
本当に世の中、何があるか解ったもんじゃない。

……まぁ、私が如何にして超能力を知り超能力者を診る事になったのかはまた別の話で紹介するとして。





『肉体と脳との神経伝達が行われておらず、それらを補完するために能力を常時作動させている』

それが岳ヶ谷レンという人間の現状だ。

つまり、小脳から常に発信される事で起こるはずの内臓の運動も停止しているし外界からの刺激が情報として伝わってこない。

それを彼は自らの能力を使う事で補っているのだ。

だが、その補完にも限界がある。

現に、今は杖が無くては歩く事すら困難だ。
数歩を歩く分には出来るだろうけどね。
それでも一時的に内臓の運動を停止して歩かなければならないため負荷は非常に大きい。

さらに、出力を計算して能力のみで肉体機能の全てを運営するのは不可能らしく肉体の機能は徐々に低下してきている。
やはり脳の自然なパルスでなければ細胞も完全には動かないらしい。

よって、レン君の肉体が能力の補完をもってしても限界があり、そのリミットがあと半年なのだ。

それを過ぎて使用しようとすれば、彼の脳が持つ演算能力の限界を越えてしまい肉体の機能を削るか、限界を越えて死ぬ。

「……まぁ、半年もあれば事務員の1人も見付かるだろうし大丈夫か」

その結果を解っている彼は半年後に訪れる『限界』を見据えて、計画を立てている。

「……本当に、良いのかい?」

何度この問いをしたのか解らない。
彼の身体が完全に壊れてから何度もしている。

「アンタにゃ関係ねぇよ」

この答えも、何度も聞いて聞き飽きている。
だが、私は今日はここで引き下がらない。
引き下がる訳にはいかないのだ。

「……確か、君の勤めているのは芸能事務所だったねぇ。それも、経営が凄く危ない」

「……あぁ」

『彼女達』にも、感謝をしないとな。
一石二鳥とはまさにこの事だよ。

「そこに、ウチの双子の娘達を入れようと思っているんだ。
なんでも、面白そうだからアイドルになりたいらしくてね?」

「…………テメェ……!」

「なら、ちょうどウチの可愛い娘達に旅をさせてやろうという親心だ。
うんと苦労しそうな事務所を探そうと思ったんだが、探すまでも無かったよ」

心のサポートをしてやろうと思ったついでに愚痴を聞いていたけど、これが功を奏したね。

「という訳だ……勝手に死なないでくれよ『事務員君』?」

「……チッ!」

彼ったら馬鹿の付く程のお人好しだからね。
素直じゃないだけで。
だからこそ有効な手だった訳で。
というか、あの子達の気紛れが無かったら確実に死を受け入れていただろうし。

流石、私の子達だ。

私は娘達を褒め称えながら不機嫌そうに部屋を出る彼を見送った……。





◆◆◆





次の月曜日、俺はあの院長のガキ共を引き連れて事務所に帰還した。

「エレベーター壊れてるってさ→」

「お金無いと直せないもんね→」

「ガキ共……どーでもいーが社長の前じゃそれ言うなよ?
良い歳していじけるから」

多分普通に見たら髪型と服装以外で見分けるのは難しいだろう双子に忠告する。
実際、何気無く言ったらあの爺社長室の隅っこで体育座りしやがったからな。
立ち直らせるのに凄くめんどくさかったから言わないでおこうと思った。

「ははーん、さてはレン兄ちゃん……言ってしまいましたなぁ?」

双子の妹の方が、ニヤニヤしながら俺に聞いてきやがった。

「……あぁ、口が滑った。
いじけたのを元に戻すのにスゲェ苦労したから。
あとオッサンがいじけるのを見るのは目に毒だから止めとけ」

「あー……」

「何かごみん」

想像しちまったんだろう、凄く複雑な顔をする。
俺だって思い出したくねぇよ……。





「──という訳で、すぐそこで拾ってきた……」

「双海(ふたみ)亜美(あみ)!」

「双海真美(まみ)!」

「「でぇ〜〜っす!」」

事務所に戻ってきた俺達はその場に居た社長と音無に収穫物を紹介した。

「おぉ!流石は岳ヶ谷君!素晴らしい逸材だよ!君達を歓迎しよう!」

「「やった→!」」

細かい事を訊かずに、割とその場のノリで物事を進めるのは部下として感心しないが、今回ばかりはありがたい。
ちなみに、見分けづらい双海姉妹だが見分けるポイントは髪型と服装だ。
妹、亜美の方は正面から見て左上側に髪を纏めて縛っていて寒色系の服装をしている。
それに対して、姉の真美は正面から見て右側にサイドテールで髪を纏めて縛っていて暖色系の服装をしているから、そこで見分ける事を勧める。

……入れ換えられたら終わりだが。

まぁ、俺の場合テメェの能力の特性上2人の微妙な差が解るから苦労はしねぇけど。

「いやぁ、一昨日には天海君も入ってくれて、来週の土曜日にも2人ここを面接しに来てくれるそうじゃないか!」

……確か萩原と菊地だったか?
萩原の方は何か同じ名字の家に小高がいたような気がするが、そこの家なんだろうな。
大方、アイドルになりたいって言ったご令嬢の為に探したんだろう。
こんな閑古鳥が鳴きすぎて過呼吸になる事務所を。

「さぁ!徐々に追い風が舞い込んできてる!
頼んだよぉ、君達ィ!!」

「「オーッ!!」」

社長の調子の良い鼓舞に、ノリで返す双海姉妹は多分状況が解っていないんだろう。
本人達は、芸能界を『遊び場』としてしか認識していない。
コイツらもここに来る途中で断言しやがったし。

「……はぁ」

自分の気持ちを整理するためにため息を吐く。
こういう奴等は扱いづらいが、別に嫌いじゃない。
堅苦しいのは嫌だからな。

「ふふっ、頑張ろうね」

……俺の先輩にあたる事務員、音無小鳥が穏やかに微笑みかける。
ミニスカートの制服なのに無理してる感が無く、黙っていれば現役の高校生って言っても通る程若くて綺麗だ。
口が裂けても言わねぇが。

「……ハッ」

俺は、音無の笑顔から逃げるように顔を背けながら笑う。
音無の笑顔……いや、優しい表情をされんのは慣れねぇが……別に良いさ。

(クソッタレが……!)

目の前の光景を見ながら、自分の身体に悪態を吐く。

(……はぁ、どこまで出来るか知らねぇけど、最期まで悪足掻きしますかなァ)

俺は、ここに来てようやく死からの逃走を試みる決心をする。
死が平等に来るのは、当然の事だが……コイツらを見守るくらいは、赦して欲しい。

だって……俺が死ぬのは、事務所が俺を必要としなくなってからでも遅くはねぇだろ?
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