765Project

□第4話
1ページ/3ページ

──4月も半ばを過ぎた頃黒沢黒軌と如月千早の関係は少しばかり……いや、かなり変化を見せた。
顔を合わせればとりあえず何かしらの話をしているのだ。

「おやぁっす」

3時限目の終了直後、周囲の喧騒に隠れるようにしながら黒軌は千早に挨拶をする。

「おはよう、相変わらずの社長出勤ね」

「なっ?!馬鹿オメー教師に怪しまれないようにさりげなく学校に行くのめんどくさいんだからな?」

「なら素直に1日中居れば良いのに……」



「 そ れ は 無 理 」



実は、千早と会う事が黒軌のここ最近の一番楽しみな事だったりするのだが、黒軌自身は断じて認めていない。
その為、何だかんだ理由を付けてシフト表以上に登校時間を増やしたりして千早と会う時間を作っている。そして、変わった物と言えばクラスの中の立ち位置である。
以前は『不登校予備軍の変な奴』であったが、今週行われた体力テストでその認識が大きく変わっていた。





曰く、その足は50mを僅か6秒で駆け抜け、
握力は60kgに到達し、上体を起こせば30秒で40回を越える腹筋を誇り、長座体前屈をすれば70cmに達し、
反復横跳びでは70点を叩き出し、
立ち幅跳びでは280cmを軽々と飛び越え、
ハンドボールを45m先に投げ、
20mシャトルランでは150回を涼しい顔で走りきる化け物染みた体力を自慢する訳ではなく当然のように披露したらしい黒軌は、たちまちクラス中の注目の的となった。


元々特徴的なウニ頭を除いても、華奢な体型に撫で肩一重のニヒルな笑みが似合う顔立ち、加えて声も耳障りが非常に良い、正にイケメンと呼ぶに相応しい容姿を持つ彼に、学校中の女生徒は恋い焦がれた。

放課後は下駄箱に入った山のようなラブレターに嘆息するのは最近の日課だ。

しかも、黒軌のシフト上どうしても次の日まで気付かない日もあるのでいい加減頭を痛めていた。

入れた人間の気持ちはどうでもいいが、半日以上下駄箱に放置された手紙が臭くないはずがないからだ。

この日の放課後も、僅かな希望を求め合唱部に行く千早を見送った後、登校時に回収した手紙の主に会いに行く……。










「一目惚れしたんです、付き合ってください!」

「黒沢君、私と付き合ってみない?」

「君の事しか考えられなくて、頭おかしくなりそう」

「す、好きだから……き、君の事」

「好きですっ!」

「私と、付き合ってくださいっ!」

「お……お菓子作ったよ、食べて下さい!」

「黒沢君の余分な物で、私の足りない部分を埋め尽くしてみないかい?」

「 や ら な い か 」

「はぁぁぁん!!!黒軌君かぁいいよぉぉ!!お持ち帰りぃぃい!!!!」





等々、実に様々な手法、言葉で告白をする女子1人1人に黒軌はこう言った。





「俺、二次元の女の子しか見てないから」





◆◆◆





元々学校行事にそれほど意欲を見せていない黒軌だったが、手加減が恐ろしいほど苦手なのでこうなってしまったのだ。

(なーんか……やる気もねぇのに手加減出来ねぇのって腹立つなぁ)

千早に歌を聞かれたときだってそうだ。
アレはあくまでも喉の確認のつもりでやっていたのについつい本気を出してしまったため千早と妙な関係になったのだ。

(お……?あれって、合唱部か?)

静まり返った校内を物思いに耽りながら歩いていた黒軌は、隣の校舎から歌声を聞いた。

(まぁ、覗くだけ覗いてみるかな……)

そう思い、さほど遠くない隣の校舎に渡り廊下を通って歩いた。





◆◆◆





第2音楽室の前に、黒沢黒軌は居た。

(まさか……覗けないなんて聞いてねぇぜ!)

3階の突き当たりにあるこの部屋から声が聞こえたが建物の構造上窓から覗き込むには壁をよじ登らなければならない。

(……『アレ』使えば見えるんだろうけど、使うと面倒だしなぁ)

そんな事を考えていると、後ろから近付いてくる気配がしたのでダルそうに振り返った。

「あら黒沢君、うちの合唱部に何か用なの?見学かしら?」

白いスーツを着た女性が声をかけた。
黒軌自身とは初対面だが教師は全員、黒沢黒軌の顔と名前を知っている。
理由は、やはり単位ギリギリの出席率だった。

「ま、そんなとこかな」

瞬時に自分を知っている理由が思い当たった黒軌は、そう答える。
すると教師は、ニッコリと微笑んだ。

「なら、どうぞ」

扉を開けた教師の後ろに続き、黒軌が中に入る。

「みんな、見学の子が来たわよ!」

ちょうど休憩中だったらしい部員達に告げた。
その瞬間──。



『キャー!黒沢くーん!』



校内の有名人となった黒軌はあっという間に女子部員達に囲まれる。

「えーっと……」

どうして来たの?とか、私の事憶えてる?とか質問攻めに合い、たじろいだ。

「…………っ!」

いっこうに引かない熱に、業を煮やした黒軌は行動を起こした。


──息を吐き、吸う。

──体内の構造を空にして新鮮な空気で中から外を押すようにイメージをする。

──心臓の在る辺りから、顎の下までを僅かな道を残し内部から圧縮。

──空気が充満した瞬間、腰に力を込めるようにそれを放出した。










「『喧しいッッ!!』」










床に向けて声を飛ばしたはずなのに、窓ガラスが音を立てて揺れる。
集団は、頭を押さえて蹲った。

「やべ……間に合わなかったら鼓膜破くところだったぜ……」

騒動を遠目で見ていた千早も、顔をしかめているのが見える。

「とにかく、俺は一応見学に来たんだから……」

そういった瞬間、蹲っていた皆が立ち上がった。

「キャーッ!黒沢君に怒鳴られちゃった!!」

「私に怒鳴ったのよ!」

別の『何か目覚めてはいけないもの』に目覚めた面々は、自分に怒鳴った、あーでもないこーでもない、と口論に突入していた。

「……えー……」










それからしばらくして、とりあえず見学に来た黒軌に歌を聞かせようという流れになった。
歌を決め、皆が準備に入った時千早が黒軌を部屋の隅に引っ張る。

「……で、どうして来たのよ?」

「お前だけ俺の歌聴いたのに、俺はお前の歌を聴いてねぇのはズルい」

「……そういうこと?」

「そういうことっ!」

他の人にした所を見た事の無いキラキラとした笑顔を見せた黒軌に、千早は頭を抱えため息を吐いた。

「……とりあえず理由は解ったわ。それで、クロは聴いてどうするの?」

これが一番の謎だった。
聴いた所で、このウニが何をするのかが千早には皆目検討も付かないのだ。

「……別に、ただ聴くだけだぜ?千早が、どんな風に歌うのかをな」

ほくそ笑んだ黒軌が、そう答える。

「俺達がこうして話すようになったきっかけは、アンタが俺の歌を聴いて知りたいって思った事だろ?
俺がどんな奴なのかをな」

「……それも、そうだったわね。結局貴方からは1つしか教われなかったけど」

──自分自身を伝える。

たった8文字だが、千早はその意図をいまいち掴めていなかった。
抽象的すぎるそれは、何度考えても理解する事が出来ない。
微妙なニュアンスは解るのだが、具体的に何をすれば良いのかがまるで見えてこないのだ。

(私は、何をすれば良いんだろう……)

難解な譜面の前に座った時の感覚を思い出しながら、千早は舞台に向かった。





◆◆◆





約30人の男女が、並ぶ。
聞かせる相手は、ただ椅子に座り腕を組むのみ。
CDが起動し、曲が再生される。



『贈る言葉』



海援隊が歌う、卒業ソングとして定番となっている歌だ。
何故4月の下旬にこの選曲なのか……それは黒軌が、彼らのレパートリーの中でこの曲しか知らなかったからである。
一番最初に歌える歌を知らない状態で訊ねられた黒軌は『ベートーヴェン交響曲第9番第4章・歓びの歌』をリクエストしたのだが、千早以外はポカンとしていたので歌える曲から指定したのだ。

(なぁんか……1人だけ飛び出てんなぁ)

1分経過した時点で、それに気付いた。
歌の中で、まるで避雷針の如く自己主張する音色。

「ねぇ、黒沢君」

「……はい?」

「……本当は、如月さんの様子を見に来たんでしょう?」

「そうだよ」

「私、あなた達の事は時々見かけるのよ。移動教室の時に遠目からね」

「へぇ……知らなかった」

「如月さん、ここに居る時よりも柔らかい表情をしてるのよ?……悔しいけど」

「そりゃそうだわな……ここは『部活』だからな」

彼女の言葉に、薄ら笑いを浮かべる。

「知ってる?彼女、中学の時にアマチュアの民謡とロックのコンサートで全国優勝しているんだって」

「……ククッ、知らなかったなぁ。で、アンタはどうしたい訳?」

「…………如月さんは、正直うちの部に置いておくには勿体無さすぎるわ。
だから黒沢君、あの声量を出してなお壊れない喉を持つ君に……あの子を託す」

「クックック……伊達に合唱部の顧問じゃないってかよ?」

「一応常識くらいは知っているわ、頭が揺れる程の大声ではっきり叫ぶのは素人じゃ到底無理だもの」

「アレでも抑えたんだけどなぁ……」

「黒沢君と話していると、訳が解らないわ。別に不登校の子みたいに話すのも苦労してないみたいだし……一体どうしてあんな不規則な登校の仕方を?」

歌を聴いているが、やはり黒軌には合唱部with千早にしか聴こえない。
つまり、状態は変わっていないし注目するほどではないと判断した。

「別に……解りきった事を教わってもつまんねーし、ここには刺激も無いし、だったら必要最低限の日数だけ来てれば良くない?」

「そうね、きっと黒沢君の言ってる事は正論だわ。大人が言い返せないくらい」

「そうかい、まぁきっと……何か面白い事があれば、高校(ここ)も辞めるよ」

「そう……あと少し若かったら、貴方の事……好きになってたかもね」

「訳解らん」

「男の子は……というより人はやっぱり行く時はガッツリ行かなきゃ駄目よ。
周りを見るのは良いけど、周りと合わせちゃったらきっとそこで『それなり』の人生になっちゃうのよ」

「ククッ、アンタみたいな公務員が居るのがびっくりだ。今の風潮に逆らってるじゃんか」

「良いのよ、今は。私は黒沢君みたいな自分の道を突き進む人が好みなの」

「……そいつはどうも、正直そう言ってくれた方が告白も断り甲斐がある」

「フラれちゃった」

「振っちゃった」

曲もフィナーレだ。

「さ、そろそろ終わるわ。あなた達の事、どこに進んでも応援してるわよ?」

「ありがとよ、アンタも良い男捕まえろよ?」

2人は、ずっと正面を向いたままだった。





◆◆◆





「──それで、私の合唱部はどうだった?黒沢君」

顧問が、黒軌に訊ねる。
部員の視線も集まる。

「ま、楽しそうで良いんじゃねぇの?悪くはなかったけど──」

一呼吸置き。





「俺の居場所は、ここには無いな」





黒軌は、踵を返して部屋を出ていった。

「さて……お客さんも帰っちゃったし、みんな今日はこのまま解散ね」

彼女はその背中を見届けると、そう告げた。
部長らしき人が前に出てきて挨拶をする。

「気をつけぇ、礼、ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』

全員の挨拶が終わった瞬間に、千早は顧問に呼び出される。

「はい、何か?」

「帰り支度を整え……てるわね、下駄箱まで一緒に来てちょうだい。他の子には聞かせたくないから」

「は、はい」





◆◆◆





「如月さん、あなたに私から顧問として命じます。
明日から、うちの部へは来なくて結構です。
もちろん、書類上では在籍してもらうけどね」

「えっと……意図が理解出来ないのですが」

電灯の明かりが照らす廊下を歩きながら話す。

「つまり、如月さんは我が部の幽霊部員になってもらいます」

「何故でしょうか?」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ