765Project

□第6話
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「──ふんふふ〜ん♪」

休日の都心部へと向かう電車で、俺は隣に住む美少女天海春香と久々の故郷への凱旋をするべく東京へと向かっている。

「ごめんな、名前も売れてない無名の事務所しか知らなくて……」

「えっ、そ、そんな唯地君が謝らないでよぉ!?
むしろ、事務所を紹介してくれただけでもありがたいんだし……」

「でもなぁ……もっと名前が売れてる事務所なら春香がアイドルとしてデビューするのも早いと思うんだよなぁ」

そう、第2話にあたる俺と春香の話を最後まで見てくださった方々なら解るとは思うが、あの後私立大学で研究をしながら教鞭を振るっている教授に聞いてみたんだ。



『ふむ、アイドルを主に取り扱う芸能事務所かね。
……何件か心当たりがあるが悪い事は言わん。
『765プロダクション』という場所以外は私は勧める事は出来ないな。
あの事務所以外は、少なからず汚い事をしている。
それを黙って見ているお前でもあるまい?
況してや、そんな場所に友人を預ける事は君には度し難い事だろう。
つまりは、そういう事だ』



その気になった俺が取り寄せた資料を春香に渡し、アイドルについて調べている時に解ったのだが、結局は奴の口車に乗せられていただけだったのだ。
あぁ調べたとも、アイドル事務所を全て洗い出して、過去何をしてきたのかをあらゆる手段を講じて調べたさ。

だが、そんな不正を働いていたのはほんのごく一部。
実際は、単に売れてきたネームバリューで仕事が来やすかったというカラクリ。
その事実を件の教授に言ったら……。



『はは、まぁクリーンな社会だと解って良かったじゃないか。
だが、私は騙した訳じゃないぞ?
私は自らの偏見で私見を述べただけに過ぎん。
……ふふ、確かに金も知名度も壊滅的なブラック会社だが、私の保有するビルに入っているんだ……あの社長の眼力は確かだぞ?』



だそうだ。腹立たしい。

つまり、俺にこの事務所を勧めたのは自分の管理下に俺の知り合いを置きたいというあの人格破綻者の欲求に過ぎないのかもしれないという訳だ。
……もしくは、社長の眼力とやらを使って春香を篩(ふるい)に掛けようとでもいうのか……?

(……解らないな)

だが、初めて出来た女の子の友達だ。
もし何か不埒な事をしようとする輩なら俺が叩き潰してやる。
……吉高みたいにとは言わないけどさ。

アイツ凄いよなぁ……。
見ず知らずの人を平然と拾って、無料で住まわせてるんだから。
命はまぁ……特殊すぎるから勘定には入れない。
吉高曰く四条さんは恩人らしいけど、それでも月々に給料を渡して家に置いておく度量が凄い。
俺みたいに下心なんて無くて、純粋に他人のためにやってる訳なんだし。





「ねぇ、唯地君」

「おぅっ!?」

……いかんいかん、考え込んでたみたいだ。

「わっ、いきなり大声出すからびっくりしたよぉ」

「ごめん、それでどうしたの?」

「……今日は、本当にありがとう」

やや溜めて、春香は俺に礼を述べながら頭を下げた。

「どこだって、私がアイドルになれれば別に構わないから……ありがとう!」

俺に満面の笑みを見せた春香は、やはりどこにでも居る普通の女の子で。

アイドルを夢見る、愛らしい乙女で。

今の俺には最早欠かす事の出来ない大事な人だった。

「そうか、なれると良いなァ……アイドル」

だから俺も、彼女に笑顔を見せた。
最大級の祈りを、俺が応援しているという意志を込めて……。





◆◆◆





電車を降りて、駅を出る。
今住んでいる場所も、結構栄えているので人の多さに驚く事も無い。

「春香、転ぶなよ?」

「大丈夫だよ、流石にホイホイ転ばな──っうわぁ?!」

「よっと……」

よろめく春香の両肩をしっかりと掴み支えてやる。

……まぁアレだ。

こう言っては難だが、春香は『何もない安全な所で転び、足元が危うい危険な場所では転ばない』という奇妙な癖を持っている。
半月もの間、食卓を共にして一緒に登下校しているんだ。
春香が転ぶのは見慣れたし助けるタイミングも掴めてきた。

……えっ?

何で初登場の時には何も無かったかって?

それはアレだ、きっと作者がいつ転ばせようかと企んでいたらタイミングを完全に見失ったんだろう。

事実描写されてない場所……ほら、休み時間とか。
最初の頃はみんなざわざわしてたけど、周りの友達2人の慣れた対応にみんなも当たり前なんだと認識して騒がなくなったんだ。
これ、豆知識な。

「ありがとう唯地君!……って、また何か失礼な事考えてるでしょ?」

「いやいや、ただ春香が転ぶのは実はまだ観測されていない重力子が春香の発するパルス信号に反応して重心を操作してるんじゃねーの?とか、まぁそんな考察をしていた所だよ」

「……何かよく解らない事を言ってはぐらかされた気がするなぁ」

呆れ顔で俺に言うその予想は図星だ……半分だけ。
実は割と真剣に春香が何故転ぶのかを考察していたりする。
本心では、今すぐ人の運動をテーマに研究をしている機関に春香を入れてデータの採集をしてみたいという欲求があるのだが、本当にそんな事をしてみようなんて気は更々無い。

だってしたら間違いなく後悔しかしないだろうし。

とまぁ、そんな感じで春香と共にアイツらの待つ喫茶店に向かう。





「──あっ」





通りを歩いていると、春香が急に立ち止まった。

「どうした?……まさか、忘れ物か?」

だとしたら色々とヤバかったりするのだが……。

「ううん、そうじゃなくて……事務所って、アレ、だよね?」

春香の指差した先には、確かに『765』と黄色いテープでデカデカと書かれている窓が、今歩いている歩道とは反対側にある雑居ビルの3階にあった。

……おぉ、この通り何回も歩いてるけど今初めてあんなもん見たぞ?

「あ、あの唯地君?」

おっと、つい呆然としてしまった。

「何でもないから気にしないで良いよ。それより……終わったらこの通りを歩いた所にある【アーネンエルベ】っていう喫茶店で待っててくれないか?」

出入り口が何故か2つあるのが目印だから、と春香に伝える。

「うん!……唯地君、久し振りに会うんだからいっぱい楽しまなきゃ駄目だからねっ?」

「……まずは面接で受かる事を考えような?」

「はい……」

笑顔を曇らせるのは心苦しいが、春香には自分の心配をしてもらわなくちゃな。





「じゃ、いってくるね!」

「おう!あんまり無理しないようにな」

十字路の横断歩道を歩いていく春香の背中を見送る。

(……大丈夫だよな?)

渡り終えた彼女が盛大にコケたのを見届けた俺は、今度こそ大丈夫だと確信して青に変わった歩道を歩き始めた……。





◆◆◆





「いらっしゃいま──おぉっ?!」

アーネンエルベに入ると、カウンター席の奥側に突っ立っている知り合いから驚きの声が上がった。

「やぁ唯地!だいたい1ヶ月ぶりくらいだよね!?」

「あぁ、久し振りにこっちに来たよ」

時系列的にはこの話の未来に当たる第3話で紹介されているこの喫茶店とそこで働くウェイター、如月陽太が嬉しそうに出迎えた。

「そっか……まぁ、奥の席に予約してた唯地以外の皆は揃ってるから早く行ってあげなよ」

やや気障ったらしく予約のカードの控えを見せながらウインクする陽太は、顔が顔なので変に似合っていて何だかおかしい。
しかも控えには【ミスリル御一行様】って書いてあるし。

「おーい、こっちこっち」

見回すと、一番奥には色々と容姿が目立つ6人の集団が居た。
ちなみに声を掛けたのは偉そうに一番奥の椅子にぶん反り返って腰掛ける我らが御一行様の一番槍、クロこと黒沢黒軌だ。
あの目の前に置いてあるココアはきっと俺が計算して作り上げた『クロ専用ココア』……略してクロココなんだろうなぁ。
クロココ、何かポケモンで似たような名前の奴が居たよな?

そしてクロの近くには知らない女の子が居る……ってか、あの子はあの子で可愛いというよりかは綺麗だなぁ。
クロの彼女さん……いや、その線は無いな。
だってあんな萌えキャラにしか発情しないHENTAIが彼女なんてこんな短期間で作れる筈なんて無いし。

いやぁ相変わらず大きくて目立つよなぁ吉高。
背も高いし筋肉の付き方が首だけでもヤバイのが解るけど、寧ろそれのせいで何だか中肉中背な人を縦と横に拡大したみたいな感じになって見えるのが凄い。
実際背が高すぎると横とのバランスが崩れて変に見えるからなぁ。

美希は本当にマイペースだなぁ……。
てかそんな美希に合わせてメニューに無いイチゴババロアを作って出すこの喫茶店の店長ことジョージさんは何者なんだろうか?
いやそもそもこの金髪女子中学生ミスリルの店員ですら無いような気がするんだが。

命は今日も白い和服に赤い袴というポピュラーな巫女服だ。
本人曰く、長い間着すぎて逆に洋服を着ると落ち着かないそうだ。
というか、命(いのち)と書いて命(みこと)って読者の皆様は困惑しないんだろうか?
正直俺は困惑している。
何でもっとこう、尊(みこと)とか未琴(みこと)とかマシな名前にしなかったんだろうか?

四条さんの銀髪は、相も変わらずウェーブが掛かってて柔らかそうだ。
ナイスボディを持ち合わせてるのに高貴な感じなのが色々と凄い。
そんな四条さん、何か1人だけ食べてるのがおかしくね?

「……」

(オィィィィーーーッ!?
アーネンエルベはいつからラーメン屋にジョブチェンジしたんだァ!?
そして何でそんな平然とした顔で俺を出迎えてんのコイツらァ!?
いやもう店入った段階で醤油ベースの変な湯気の匂いするなぁとは思ってたケドさぁ?
でも読者の皆様には匂いとか味とか湯気とか見えないからってずっと我慢してたけどもう隠し通せなかったよ!?)

そう、敢えてスルーしてたけどこの店何か珈琲とか紅茶の香りを押し退けるように醤油ベースの変な湯気の匂いが漂っているのだ。

「あれェなに固まっちゃってんのゆいちん?」

「あのさぁ……何で誰も突っ込まないの?」

素知らぬ顔で俺を変な名前で呼びながらそんな事を訊ねるクロに俺は言った。

「?……あぁ!美希、何でテメェミスリルの店員じゃねぇのにここに居るんだよ!?」

「失礼な!ミキ、ミスリルの常連さんなのにぃ!」

「そこじゃねェェェェ!?
んな事言ったらテメェもだろうがァ!?」

何だろう……マイペース同士が共鳴すると何でこうもウザイんだろうか?
私は不思議でたまらない。

「プッ……ふふふ……!」

あれ?何かクールそうなあの子が笑ってるぞ?

「クロ……そこの何故かツボってる子は一体……?」

「コイツは如月千早、俺のクラスメイトだ。
そして歌の弟子でもある」

歌の弟子……正気か?
でもまぁ、実力だけは本物だから師事する理由も解るかな。
真面目そうだから突っ込みっぽいと思っていたら、笑いの沸点が低かったかぁー……。

「まぁ、どっか適当な場所に座れよ」

クロの言葉に、俺は取り敢えず空いている命の隣に座る。

(え?マジで誰も突っ込まない感じなの!?)

「唯地、この度はお疲れ様でございますっ」

「命……ありがとう。ところでここはいつからラーメンを出すようになったんだ?」

「あはは……ここの店長さんの御厚意なんですよ、あのラーメン」

なるほど、ジョージさんはやっぱり凄いなぁ。
作れない物なんて無いんじゃないか?
命の説明で謎が解けた俺は改めてこの喫茶店の凄さを思い知った。

「じゃあ唯地も来たことだし、注文ある?」

タイミング良く現れた陽太に、俺はカレーを頼む。
美味しいんだよ、この店のカレーは。

「……替え玉を」

「はいはーい、カレーにラーメンの替え玉だね!じゃあ少し汁の方も持ってくるよ」

「ありがとうございます」

陽太が相変わらずの笑顔で厨房に消えた。
というか目の前の四条さんは、俺が来るまでに一体何杯ものラーメンを平らげたのだろうか?
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