短編、或いは妄想集

□空の下で
1ページ/1ページ

───遥かな過去。

───或いは未来。

少女達は、荒廃しきった街を歩いていた。



罅(ひび)が入り、隆起して勾配を生み出すアスファルトの道。

錆び付き、繁栄から荒廃への転落を物語る壁のように見える建物。



人の気配は、無い。

それを証明するかのように植物があちこちから顔を出し、文化の跡を侵食している。



「あ、あの鳥大きい!」

道を行く4人の内の使い込まれた赤いキャリーバッグを転がしている少女が空を見上げる。

少女はその中で、平凡だった。

「ちょっと、上を見てないで前を見ていなさい?」

嘆息しながら少女に注意する彼女は、4人の中で一番凜とした姿勢をしていた。

彼女に注意された少女は、自身の持つ首から紐で下げた双眼鏡の視界を正面に下げていく。

「うーん……やっぱり、この先に何かあるのかな?」

双眼鏡を手から放し、視線を阻む建物を見ながら垂れる汗を右腕の星印が刺繍されたリストバンドで拭う。

「潮の香りがする……。みんな、もうすぐで海よ!」

赤い縁をした眼鏡をかけた娘が、少々興奮気味に言った。

娘は4人の中で一番理知的だったが、同時に年相応の娘でもあった。

「あらあら、海なんていつ以来かしら〜」

海という言葉に反応したのは、4人の中で一番大人びた女性だった。

「それにしても、酷い荒れようね……本当に人がこんな場所に居たのかしら?」

凜とした姿勢を崩さぬまま彼女は、廃墟を俯瞰する。

「あなたが疑うのも無理はないわね……。ここら辺も結構被害が大きかったらしいし」

娘の説明に、彼女は納得したように、そう、と呟く。

4人は、街を行く───。





◆◆◆





街を閉ざすように立てられた金網を横目に、4人はコンクリート製の建物の下に居た。

夏の強い日射しを避けるために、休憩場所として入り口に屋根があるこの場所を選んだのだ。

「……日が沈む前にこの街を抜けるのは無理があるみたいね」

先程と違わぬ観察眼を以て娘は状況を把握して皆に伝える。

「えーっと……?」

大人びた印象の女性だが、彼女が極度の方向音痴だというのは残りの3人は知っている。

「ごめんなさい、やっぱり地図は読めないみたい」

女性が困ったような笑みを浮かべて、先の娘に地図を渡す。

「はぁ……こんなだだっ広い街ではぐれないで下さいね?私達じゃ、1日懸けたって一周出来やしないんですから」

少しばかり前、女性がはぐれて迷子になった時の事を思い出したらしい3人は、げんなりした表情を浮かべる。

この炎天下、1人探すために奔走するのは酷だろう。

「そ、それじゃあそろそろ行きましょうか!?」

暗くなりかけた空気を察した少女の号令に、娘はコンパスで方角を、地図で行き先を認識して伝える。

凜とした、それでいて優しげな眼差しをした彼女は何も言わずに続いてしばらくして気付いた。



「あなた、また忘れてるわよ?」



先陣を歩く少女が、愛用の赤いキャリーバッグを置き去りにしていた事に気付くと4人は慌てて取りに戻った───。





◆◆◆





ところで、少女達は赤いリボンの付いた紺と白のセーラー服を着ている。赤い縁の眼鏡をかけた娘だけはその左袖に緑の腕章をしているが。

しかし、彼女達は過去を語らない。

近くて遠い記憶。

木霊する唄を頼りに、赤と黒のブーツを前に出し明日へと歩く。

平凡な少女が転がすキャリーバッグには、実に様々なシールが貼られている。

それを見る度、少女達は明日に足を出す勇気を身に纏う。





人が居ない街を練り歩き、夕立に襲われながらも少女達はようやく目的の場所に辿り着いた。





◆◆◆





水着に着替え、日頃の疲れを癒した頃。

斜陽の光に街は包まれる。

「───よし、今夜はここで休みましょう!」

海の側にあるトタンの倉庫で娘は決め、3人は頷く。





焚き火を囲み、夜の寒気を凌ぐ。

「はぁ……こんな調子で大丈夫なのかしら?」

眼鏡の向こうは、何を見ているのだろう。

娘は今日を顧みて、あぁ今日はここまでしか行けなかったと嘆く。

「大丈夫も何も、私達は行くしかないのよ」

凜とした彼女は、焚き火の向こうに何を見ているのだろう。

彼女は手の中にある小瓶を見つめ、あぁ明日もまた先に進むんだと意気込む。

「そうね、例え今日の一歩が小さくても……ちゃーんと明日に繋がっているからきっと大丈夫よ」

大人びた女性は、2人の中に何を見ているのだろう。

女性は今日を振り返り、今日も皆と笑って過ごせたと安堵する。

「そうですよ!塵も積もればなんとやら、だから……明日もきっと大丈夫です」

平凡な少女は、語らう皆に何を見ているのだろう。

少女は、夜空に浮かぶ月を見つめてあぁ明日もきっといつも通りだと予感した───。





◆◆◆





どこまで伸びる?


もっと遠く。


飛行機雲を、真っ直ぐに追い掛ける。


今日はまだ、届かない。


でも、明日は多分追い付けるかな?


解らないけど、そう思う。


同じ夢を叶えて行きたい。


気付いているから。


思いきり駆け出していく。



あの空の、国境のその先に居るだろうあなたを目指して。


「大好きです」


この言葉を伝えたいけど、だからこそこの言葉を大事にしていこう。


あなたと向き合うその日まで。





まだ、そこには壁がある。

でも、もう平気。


飛び越えよう、あの壁の、国境のその先へ───!


いつか咲くその花は、未来を飾るだろう。



伝えたい言葉は、いつしか溢れる程の想いとなって。


手を繋ぐ時、私はようやくあなたに言える。


「大好きです」って。





◆◆◆





明くる日、少女達は荒廃したその街に種を蒔く。

いつか、荒れ果てたこの街に訪れた人が笑えるようする為、彼女達がここに居た証を残す為に。


娘達は夢想する。


いつか咲くだろうその花の美しさを。

女性達が蒔いた花が輝く様を。





今日も、皆は街を往く。

あの境界の向こう側に向かって─────。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ