声が聞こえた。
誰の声かは知らないが聞いたことある声だった気がした。
その声はさざ波に掻き消され、もう聞こえはしない。
何故だか懐かしく哀しく愛しく感じたんだ。

「エリーゼ…」

姿を消した少女の名前を呟く。
海辺で倒れていた彼女は身寄りがなく、満足に歩くことも出来ず、声が出ない為喋ることも出来ない可哀想な子。
そんなエリーゼを妹のように可愛がり、愛おしく、城で共に暮らしていた。
だが、嵐で船から落ち行方不明になっていた私を助けてくれたシエラとの結婚式から彼女は姿を消したのだ。

「キミは…今どこにいるんだい?」

キミからの返事はない。
代わりに海風が答えるように優しく私を包んでくれた。
ふと、思う…もしキミが喋ることが出来ていたらどんな声だったんだろうか?
さっき聞こえた声のように可憐で優しいものだったのだろうか?
この答えは一生分からないだろう。
笑顔が愛らしい彼女。
幼い仕草をする彼女。
優しい彼女。
声が出ない彼女。
姿を消した彼女。
彼女を思い出すと胸が締め付けられるように苦しい。

「ウィリアム様」

名前を呼ばれ振り向くとシエラがいた。
彼女は優しい目で私を見ている。

「此処にいたのですね?
長い時間海風に当たると風邪を引いてしまいますわ」

私の冷たくなった指先を取ったシエラのは手は温かい。
けれど、シエラは私を海辺から連れ出そうとせず隣で海を眺めていた。

「エリーゼは…どこに行ったのだろうか」
「私には分かりません…でも、きっとこの海風のように私達を優しく見守ってると思います」

まるで、この海風はエリーゼみたいではないですか?そう言ったシエラに私は頷く。
もう二度と逢えないのかもしれないけれど。
きっとキミは私達をこの海風のように近くにいるんだね。
それが正解だと言ってるかのように海風は私達を優しく包んでくれる。

「シエラ、城に戻ろう」
「はい。ウィリアム様」

私達は海を背に歩き出す。
きっと、またエリーゼのことを思い出す度に海に訪れるだろう。
もう二度と逢えないキミを思い聞きたいことがあったんだ。
隣にいるシエラには聞こえないように呟いてみる。

「エリーゼ…キミは幸せだったかい?」

さざ波に紛れ《幸せよ》と可憐で優しい声が聞こえた気がした。


fin.


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