月花物語

□一、縁側で
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「なんだあコイツ。ガキじゃねえか」


幹部の集まり。最初に訝しげな声をあげたのは新八である。それに答えたのは鬼副長。光る双眸で彼と和音を交互に睨み付ける。


「ガキだろうがなんだろうが当事者だ。本人もそう進言してるだろうが」


それにしても、自分より図体の大きな男が何人も自分を囲っていてあまつさえ睨まれる始末だ。良い心地だと言ってしまうのには幾らなんでも無理があるこの状況で和音は萎縮する様子も無く、退屈そうに欠伸をしていた。中々目を見張る根性だが退屈されては困るというのが幹部側の本音だ。これから尋問が始まるというのにこの娘は。
和音はそ知らぬ顔、かと思えば、事件の詳細を尋ねようとした土方を遮り、先に口を開いた。


「誤解してるみたいだから先に言っとく」

「……なんだ。今頃になって事件とは関係ありませんなんて抜かすんじゃねえだろうな」

「んな訳あるか。もっと単純明快且つ重要な話だ」

「……?」


土方の縦皺が深くなる。状況から考えて怪訝な顔をしてるつもりらしいが大概怒っているようにしか見えない。


「実はこう見えて十七だ。子供扱いするな」

「……」


あ、皺伸びてる。当たり前だ。
丸い目、低い背、細過ぎる四肢。どれを見ても大人には見えない。新八が一番衝撃を受けていたのは言うまでもないが、それ以外にとってもこの事実は、驚天動地と行かないまでもそれなりの驚愕があった。



***



「悪かったな」

「気にしてない……ことも、無いけどまあ、慣れてるから良い」


そのあと『目撃者が』とかなんとか言って井上が入ってきたので近藤が場を取り成すように一度お開きになり、和音は小さな暗い部屋で原田と一緒に居た。ところで目撃者ってなんの目撃者だろう。……聞かない方が良さそうだ。
ことの成り行きで、和音の事情聴取は原田が一人で行うことになっていた。和音が妙に原田と親しげだ、等理由は多々ある。


「んじゃ、早速質問だが」

「ああ」

「その腕の血は何なんだ?怪我してるようには見えねえが」

「転んだ」

「……答える気は無し、か」


呟いた原田に恵比寿顔な和音。問答している意味について激しく問いただしたい。何故暢気に揚々としているんだ彼女は。何が楽しいんだ。聞きたいことを書き連ねても大した量にはならないだろうが湧いてくる疑問を紙に記すなら軽い山が出来そうである。


「あんまり言いたくないんだ」

「ワケ有りか?」

「聞くな」


いい女には隠し事が多いって言うだろ?自分で言うんだなそういうこと、と態々口に出して突っ込むわけじゃないが。実際、文句なしに綺麗な顔立ちをしているのだからこんな発言も多少許されるんじゃないだろうか。逆に謙遜された方がこちらも気を使わなくてはならないのでは。彼女のこう、ザックリとした性格はまあ嫌いじゃない。


「じゃあ次。俺と会う前、そこで何をしてたんだ?」

「散歩」

「……」

「嘘々。溜め息吐くな」

「ま、答える気はねえんだな」

「ん。どうせ言ったところで誰も信じちゃくれないし」


苦笑する和音。そう言えば笑った顔を初めて見たが、しかし別に何も、強いて言うなら可愛いとも思わなかった。何せ苦笑だ。その笑いに自虐的なものが入っているなら尚更。


「……惜しいな」

「悪かったな、隠し事の多い女で」

「そうじゃねえよ」

「?」

「せっかく綺麗な顔してんのに、もったいねえなって思っただけだ」


鈍い音がした。ゴスっと。
……え、ゴスってなんだゴスって。


「……」

「おい、大丈夫か?」


音のわりにそれほど大したそれはなかったようであるがしかし、ここで和音の雰囲気が目に見えて変わった。何だ。何か引っ掛かる単語でも有ったのか。今の会話を回想するがこれと言って見当もつかず、故にどうしようもなかったため続く和音の言葉を待った。

肩を震わせて動揺している彼女の頭に手をやった。少しでも落ち着かせてやろう。そんな善意からの行動だが、パシっと手を叩いて阻止される。それを見てようやく理解した。ああ、なるほどな。

耐性無いのかコイツ。


「変態かお前はぁ!」

「……」


変態。そこまで言うか。
紅潮した和音の顔を見て笑いが漏れる。彼女にはそれを突っ込む余裕もなさそうだが。忙しなく目を上下左右ウロウロさせて、頬を掌で包んで俯く。縛りの無い自由な黒髪が御簾となって上手い具合に照れ隠しの役目を果たしていた。


「き、綺麗とかそういうのは惚れた奴に言ってよ。……知り合ったばっかのガキを口説くな」

「そうか?俺は思ったことをいっただけなんだが」


どうでも良いが今和音の口から彼女の最大の墓穴を掘るような言葉が聞こえた気がした。気の所為か。きっとそうだ。そういうことにしておこう。当の本人はと言えば物凄く狼狽していて、物凄くわたわたしている。
騒ぎを聞き付けて何だ何だと藤堂と沖田が顔を出した。一体何処から湧いてきたのか知りたいところだ。


「どうしたの左之さん。その子、斬る?」


斬らねえよ。


「軽々しく言うんじゃねえよ総司。何も問題なんざ起きてねえからよ」

「あ、さては和音、左之さんに口説かれた?ったく気を付けろよ?この人女の子ときたら見境無くこっぱずかしい口説き文句連発しちゃうから」

「……今、痛感してる」


藤堂の癖に的を得た発言である。原田としては見境無いつもりもないわけだが状況解説には充分過ぎるそれに沖田が思いっきり吹き出した。あははははって、そんなに笑うことかこれ。


「さ、左之さん本当に口説いたのかよ!」

「なんだ平助、わかってないで言ったの?そんなのそこの真っ赤になってる子の顔見ればわかるでしょ……くっ、あははははっ、おっかし……」

「別に口説いちゃいねえよ。俺は思ったことをだな、」


騒動は続く。




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