月花物語
□八、ただいま
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広場。
伊東以外の幹部全員と千鶴、和音が揃っている。
和音はその中央で、君臨するような高い目線で、更に同じように高々と声も張り上げた。
「そんなわけで、改めて新選組(ここ)に世話になる春原和音だ。宜しくな」
「どんなわけだよ……」
勝手に出て行って勝手に戻ってきてお世話になるとかわけわかんねえ、という藤堂の呟きに、和音は内心同意しつつも表面上は一応反論する。
「そんなわけはそんなわけだ。とにかく、また居候生活させてもらうからな。理由は皆が知っての通りだ。だろ、副長様?」
「……まあ、そうだな。文句は言わせねえ。こいつを外へ野放しにゃあできねえからな」
「そんなわけだ。世話になるというか、監視される、が正しいかもな」
「人聞き悪いね」
不機嫌な空気を周囲に充満させながら沖田が反論する。
前から薄々思ってはいたが、沖田は和音が嫌いらしい。
和音にとっては別にどうとも思うこともないから問題はないのだが。
まあ、沖田は千鶴と仲良しらしいので何だろうと構わない。
「そうか、それは悪かった。監視される身分なんだから、もっとしおらしくして置くべきだったな」
「喧嘩売ってる?なんなら望み通りに斬ってあげても構わないけど」
「はははは、面白い冗談だな」
「……ふうん」
沖田が何に納得したのかなど、和音には知る由も無くまた知る気も全く皆無であるので、会話のキリが良いその辺で嫌みを言うのはやめておく。
引き際、というのはいつ如何なる状況でも大切なものである。
「それより、副長様」
「なあ和音ちゃんよ、さっきから思ってたんだけど、その『副長様』って何なんだ?」
「気分だ」
「……」
そんなことはどうでもいい。
話させろ。
目で訴えられて、永倉は口を塞ぐ。
そんなようすすらも遥かなる高みから避わして見せ、和音は仏頂面の鬼『副長様』へ視線を戻した。
「名乗り遅れた」
「……ああ」
春原和音、では無く。
西洋の鬼。『吸血鬼』としての、名。
手紙に雑な字で綴られた、ヴァンパイアの父から名付けられた和名。
嫌いで嫌いで仕方のない自分の本名。
「遥姫(ようき)」
名乗りながら吐き気がした。
何が『姫』だ。
『鬼』の間違いじゃないのか。
何度もそう疑ったが、しかし疑おうとも現実は変わらない。自分の名前は何をどう頑張っても『遥姫』なのであって、和音ではないのは明らか、まして遥鬼でもない。
「遥かな姫と書いて遥姫だ。絶対呼ぶな」
名乗った癖に呼ぶななんて矛盾に心の中で苦笑しながら、顔にはいつも通りの『常に誰かを見下しながら生きています』な表情を浮かべて冷笑。
我ながら器用な真似が出来たものだと感心する。
眠いから寝る、と一方的に挨拶を終えて、不満そうな藤堂や永倉の声を風に乗せて聞きながら部屋を出た。
眠いから。
本当に寝よう。
おやすみなさい。
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