月花物語
□十、鬼
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「……へえ、暗器か。洒落た真似するじゃねえか」
「お褒めに預かり光栄だな」
不知火一人ならともかく。
まあ実際に和音と戦っているのは不知火だけなのだが、他二人、風間と天霧が千鶴に手を出すのを防ぐためにそちらにも気を配っているのでなかなか思うようにいかない。
つまりアレだ。
苦戦している。
「にしても、この張り巡らされた糸は面倒だなァ。こんな切れ味の良いモン何処で手に入れたんだァ?」
「多分、お前の拳銃と同じところだな」
曲弦。
まあ、つまるところ『ワイヤー』である。海外から仕入れた。
糸を使う戦法は罠をしかける第一段階だ。複数を相手にするなら和音の戦闘体制は優位に立つ。
ただし、それは相手が人間だったらの場合に限定されるが。
「……あのな、折角人が苦労して張った罠を壊さないでくれるか」
「んー?厄介なモンは速い段階で片付けた方が良いに決まってんだろ?」
頑丈な糸だ。刃物でもないと切れない。
だから刀を持たない不知火と天霧くらいならば止められると踏んでいたが。
どうやら甘かったようだ。
「手で引き千切ってんじゃ、トラップにならないだろ……」
「虎?なんの話だ?」
「……罠の話だ」
あろうことか、奴らはワイヤーを素手て千切っていたのだ。
多少血が吹き出て居たようだがそんなものは些細な問題。鬼であるなら、すぐ治る。
「……やっぱお前ら、人外か」
「今更かよ。俺ァ公家御門の前で会ったときから気付いてたぜ?」
「そ、そんなに匂ったか?」
「安心しろ、匂いより殺気の問題だ」
さて、全部切ったかァ?
両手を叩(はた)きながら、不知火は周囲を見渡す。和音も、まだ使える糸が残っていないか確認した。そのとき――
――風間が、千鶴に言い寄っているのが目に入った。
「――しまっ……!」
ヤバい。
不知火との戦闘を放棄して駆け付けようとした。だが、そうは問屋が卸さない。
「おーっと、行かせねえぜ」
隙を付かれ、背後から羽交い締めにされる。
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバい。
「離せ不知火!千鶴に鬼のことは――」
「話すべきじゃない、ってか?残念だが、俺達は今晩、それをあの女鬼に伝えるために来たんだ。目的も果たさずに帰る馬鹿がいるかよ」
「ぐだぐだ五月蝿いです離してください!」
「そいつぁ出来ねえ相談だァ」
駄目。
駄目です千鶴さん。
そいつの話に、耳を傾けないでください。
聞いちゃ駄目です。
鬼のことなんて、知らなくていいから――
「おいおい、こんな色気の無い場所、逢い引きにしちゃ趣味が悪いぜ?」
「……原田さん!」
救世主だ。
原田の登場に感動して、涙が出そうで出なかった。
そこには突っ込まない。涙などどうでも良い。
来てくれた。
千鶴を、助けに来てくれた。
良かった。
……良かった。
頭の中は、安堵で満たされていた。
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