月花物語

□十一、山南敬助
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「制札?なんだそれ」
「知らねえのか?」
「うん。知らない」
「長州が朝廷の敵だってことを知らしめるための札だ。聞いたことないか?」
「初耳だ」
「……お前、変なとこで世情に疎いよな」
「そうか?まあ……引きこもりだからな」


まあ千鶴もギリギリ知っていたような反応だったらしいし、案外世間に出ることを制限されている人間にはそういった情報は入ってこないのかもしれない。
千鶴の場合は隊士達と巡察に行く時間があるからまだマシだろうが、和音に至っては、もう情報源が原田や沖田しか無いわけなのでそれも致し方無いと言える。


「そういえば、お前あんまり部屋から出ねえよな。千鶴と違って外出禁止が出てるわけでもねえんだろ?」
「まあな」
「なんで引きこもってんだよ。たまにゃ外出て体動かさないと病にやられるぜ?」
「平気だ。毎朝そこの庭で、斎藤と殺り合ってるからな」
「……」


殺り合ってる……?


「斎藤が、稽古だけじゃ体を動かした気がしないから付き合ってくれぬか、って言うから最近日課にしてるんだ。暗器も錆びないし腕も鈍らないし、お陰で私は健康だぞ?」
「そ、そうか。初耳だ」
「言ってないからな」
「……」


斎藤の奴、きっと図ってしているのだろう。土方の命令か、単に奴が和音の健康を気に掛けているのか。
どちらにせよ悪いことではないのだが、なんというか……少し嫉妬した。

いや――かなり嫉妬した。


「和音」
「ん?」
「明日から、俺も手合わせしてもらって良いか?」


女は守る。原田の座右の銘ではあるが、和音に『守るから戦うな』なんて言ったら怒りそうなのでそれは控え、代わりに稽古を提案する。
和音は、意外にも表情を明るくして肯定した。


「良いなっ。原田とは前から練習してみたかったんだ」
「へえ、そうなのか」
「うんっ。まだ中途半端にしか戦ったこと無かっただろ?だから、ちゃんと向き合って手合わせしたいなあって」
「……だな。俺もだ」


なるほどな。
そういうことか。

確かに今のままじゃ、気持ち悪いよな。

ちゃんと――正面から挑みたい、よな。


「じゃ、明日からな」
「うん。あ、今日はあんまり飲むなよ?万全で臨みたいからな」
「……あ、ああ」


そういえばそうだった。確か、制札の件で報酬が出たから今日は皆で島原へ行くという話をしていたのだった。話が横路逸れて、本題を忘れていた。


「ああ。なんかあったら、島田と山崎に言えよ」


自分が奢るのに本人が酒を控えるなんておかしな話だ。苦笑しながら、雑談は続いた。



******************************



「明日から、俺が和音の相手することになったんだよ」
「……そうか」


斎藤は何も突っ込まず、二言返事で了承した。


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