月花物語
□十三、鬼再び
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あれから数日。
いつだったか和音が予想(予言?)した通り、その晩、来客があった。
千姫。
鬼の姫らしい。
千鶴について鬼だの雪村の血だのと、良くわからないがそんな話を聞いた。
いや……一応理解はしたがそんな迷信めいた話を簡単に鵜呑みにできるはずもなく、しかし和音のことがある反面、どうしても否定は出来ない……といった複雑な心境に陥る。
取り敢えず話だけ聞いて、そうか、みたいなカンジだった。
それから千姫の話では、和音とは一度だけ会ったことがあるらしい。
そのとき話し込んで、千鶴を保護してやって欲しいと頼まれたそうだ。
「チッ……和音の奴、余計なことを」
「でも土方さん、彼女の言い分は正しいわ。私だって遅かれ早かれそのつもりだったんだから」
「……」
和音はこの時同席しておらず、多分部屋で寝ているか、まあそんなところだろうと推測する。
暢気なもんだと原田は心の中で苦笑した。
***
結局、千鶴は屯所に留まることになった。
物好き、と沖田が満更でもない顔で話しているのを見ると、やはり二人は仲が良いらしいと改めて思う。
原田と和音も仲は良い方だが、和気藹々(わきあいあい)というほどではない。
「……話しやすい、か」
沖田と和音は犬猿の仲……というかある意味猫同士で同族嫌悪しているようにも見えるが、それは良いとして、やはり原田や沖田以外とは中々話すことのない和音に『話しやすい』と評されるということは、少なからず好感を持たれていると解釈しても良いのだろうか。
和音が普通の女だったならばそれで良いと言えなくもなかっただろうが、生憎和音はお世辞にも普通とは言い難い性格なので、その辺がイマイチ曖昧な一線である。
「なあ、和音」
「ん?」
「お前、俺のこと、どう思う」
毎度の如く彼女の部屋の前の縁側で雑談しつつさりげなく聞いてみる。和音は表情を変えず、小さく「普通」と答えた。
「……」
「普通は普通だ。何でもない、話しやすい人。まあ色々情けないところも見られてるけど、やっぱ普通だな」
「……そうかよ」
「怒ったか?」
「そりゃあ、こっちはそれなりに考えて聞いてるわけだからな」
「そうか。ならちょっとだけサービス」
「……?」
「ちょっと良いことって意味だ」
「……へえ」
「うん。とにかくサービスだ。個人的に私は原田のこと――」
そこで一度言葉を切る。
呼吸を整えて、再度口を開いた。
「――原田さんのこと、好きですよ?」
出た。
不意討ち。
ここでその微笑は反則だろう。
原田ともあろう男が、どうして良いかわからなくなる。
「……そ、か」
「いつも話、聞いてくれますし、励ましてくれたり、傍に居てくれたり……うっかりすると惚れちゃいそうです」
「『ちょっと良いこと』なんて器じゃねえな、その発言は」
「ふふ、特別です。出血大サービスですよ」
「……『かなり良いこと』か?」
「はい、正解です」
確かに……これは嬉しい。
和音の本音で『惚れちゃいそうです』まで言ってくれて、逆にこちらが惚れてしまいそうだった。
あるいは――もう堕ちているのかもしれない。
和音に。
「……はい、サービス終了。これ以上はまたいつか、だ」
「残念だな。もう一声聞きたかった」
「ダーメ。欲張り過ぎだぞ、左之」
「……」
「……くくっ」
呆ける原田の隣で、必死に笑いを堪える様子の和音。
そこまで笑うこともないだろうと内心項垂れるが、しかしそれ以上にひとつの言葉が頭の中を旋回していて突っ込む術がなかった。
今。
今、『左之』と呼んだか、今。
原田ではなく。
左之、と。
「あははは!なんだその阿呆みたいな顔!あはは、あははは!」
「わ、笑うことねえだろ」
「あはは、そんなに驚くことかぁ?呼び方変えたくらいで」
「そんなに笑うことかよ……」
「ごめ、くくっ、面白過ぎ!左之の腑抜けた顔なんて初めて見たものだから、つい、あはは!」
「あ、そ……」
なんというか、複雑ではあるが。
しかし和音が笑うと、和む。
うん、和む。
あ、駄目だ。
『堕ちているのかもしれない』なんて度合いじゃない。
もう、堕ちている。完全に。
自分はどうやら、和音が好きらしかった。
今まで幾度となく異性間の付き合いがあった原田は、躊躇いなく、呼吸をするのと同じようにその気持ちを受け入れた。
それがいとも簡単に出来るのが、原田左之助の原田左之助たる所以であった。
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