月花物語

□十五、油小路前兆
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「また引っ越しか」

「ああ、まあな……」


昨晩の風間ら鬼の襲撃騒ぎが原因で現屯所の敷地を貸してくれている西本願寺から苦情が来たらしい。朝一番に島田が教えてくれた。土方から、少しずつ荷物等纏めておけとのお達しだそうだ。私に荷物が無いのは知ってるだれうに、わざわざそうやって然り気無く様子を見に来させているのが彼らしい。多分、監視という意味合いではないのだろう。あれで心配してくれているのだと理解したのは割と最近の話。
それにしても。


「移転先の処理全部計らってくれるのか。ははっ、必死だな西本願寺!最高!」

「笑い事かよ」


例の如く談笑に付き合わされているのは原田。今日は永倉も一緒だった。二人とも暇なんだな、と苦笑する。永倉が気前良く買ってきてくれた団子を頬張りながら空を仰いだ。うん、今日も綺麗だ。


「和音ちゃん、今日は機嫌良いな」

「ああ。団子美味いし、笑える話聞いたしな」

「おいおい、あんま言うなって。この件で一番落ち込んでんの、千鶴なんだからよ」

「千鶴が落ち込む必要なんか無い。悪いのは風間だろ?あの詰めの甘いストーカー気取り」

「……すと?」

「お、新八も知らねえのか。なあ和音、お前がたまに使うそれ、何処の地域の言葉なんだ?」

「あー……内緒」


正直言って自分でも良くわかっていない。最初から知識として備わっていたものだ。理由はわからない。が、まあ説明すれば通じるし、然して気にすることでもないだろうと考えている。


「和音ちゃん、結構謎な部分多いよなあ。服装も。冬になったらそれ、寒いんじゃねえのか?」

「逆に問う。新八、お前寒くないのか。色々と」

「ああ?俺様の筋肉美を衣服で隠すなんざ勿体ねえ。北風如き痒くもねえってなもんよ」

「あ、そ……良かったな」


色々と、の部分を流されて肩を竦める。これで知識豊富な秀才だと言うのだから驚きだ。その上剣術にも優れていて容姿も悪くない。惜しい奴だな、思わず溢すとその場で原田が盛大に吹き出した。


「おいおい和音、そりゃ禁句だ」

「あ、ああ。悪かった新八」

「?」


呆ける永倉の顔を見て更に崩れる原田。腹を押さえてヒィヒィ言っている。和音もまた仰向けに倒れ笑っていた。これはこれは、からかい甲斐の有る人間が身近に居たものだ。藤堂も中々だったがこの三人組は突ける箇所がそれぞれで楽しい。それだけに……藤堂が居なくなってしまったのは純粋に寂しかった。


「なあ、そういや和音。お前いつから新八のこと名前で呼ぶようになったんだ?」

「今日」

「……急だな。何か有ったのか?」

「別に?永倉より呼びやすいだろ?新八」

「……」


彼は途端黙り込む。永倉は未だ先の話題で悶々としているらしく別世界で悩み続けていた。つまり、原田が黙ってしまうとここに会話なるものが成立しない。暫く待ってみると、原田は小さく溜め息を吐いて、自分の取り分の中から残っている団子を一気に口に投げ入れた。


「……詰まるぞ」

「詰まるかよ……って、言いたいのは山々だけどな。ここだけの話、昔こんな風に食ってて詰まらせた奴が居る」

「はは、阿呆だな。新八か?」

「いや違う。聞いて驚け―――斎藤だ」

「は!?」


小声で囁かれたその名の人物を頭に思い浮かべる。真っ先に長い前髪と無表情が出てきた。斎藤――……ってあの斎藤?奴が団子を喉に詰まらせた描写を想像する。……無理だ。あの冷静沈着の代名詞と言って過言ではない斎藤が、そんな失態を侵すものか。


「ま、気持ちはわかる」

「あ、あの斎藤に限ってそれは無い」

「ところがどっこい、だ。酔ってたっても理由のうちだな」

「斎藤って酔うのか?」

「ああ。酒が回ると酷い」

「……」


その斎藤は、今ここには居ないのだ。それを口にしないためにも、和音と原田は楽しい思出話に華を咲かせるよう努めていた。




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