月花物語
□一、縁側で
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その後、暫く三人で揉めていて、和音が疲れたと言って布団に引っ込んでしまったので仕方なくお開きになった。誤解の無いよう敢えて記すが尋問というものはそんな調子であっさり終わって良いものじゃない。寧ろ前代未聞。だがしかし、この状況でどうして良いわけもなく、土方には沖田が上手く誤魔化すと進言してくれたので有り難くそれに甘えた。有り難いが益々不安だ、とは言わずに胸中へ留め置く。
「……ったく」
全く話にならなかった。和音は無実を訴えると言っていたが、これでは無実どころか遅かれ早かれ更に怪しまれる始末である。原田だって、別に和音を絶対的に信じているわけではないというのに。
まあ、確かに今の段階では味方のような立ち居ちに付いているがしかし、仮に和音が罪人なのだと発覚したならば容赦無く彼女を斬り捨てる覚悟くらい始めから備わっている。いやそもそも、今日、しかもさっき知り合ったばかりの怪しい少女だ。斬り捨てるのに覚悟も何も。
「……なんだ、まだ起きてたのか」
ふと気になることがあって廊下を引き返し彼女の部屋の前まで来てみれば、
和音は未だそこの縁側に腰を落ち着けて月を眺めていた。
「……原田か」
「ああ。お前、寝たんじゃなかったのか?」
「眠れなくてな」
「さっき眠いって言ってたろ」
「疲れたとは言ったが、眠いとは言ってない」
「……そうか」
「何笑ってんだ」
「ん?笑ってるか?」
「口の橋がつり上がることを笑うと言うなら間違いなくそれだ」
「そうか」
「うん。で、なにか用か?」
「いや、まあ用ってほどでもないが、用っちゃ用だな」
「……回りくどい」
どうやら未ださっきのことを引きずっているらしく、一度も目を合わせようとしなかった。さっきのことと言うのは彼女が自分を変態呼ばわりしたアレのことだ。耐性が無いにしてもアレは慌て過ぎじゃないのかと今更ながら不思議に思う。きっとこの先縁があったなら長〜く根に持たれるのだろう。と、推測できるほどには。
その外観が関係しているのか。または普通にその関連に携わって来なかったのか。どちらの可能性も否定できない。
「で、用って何だ」
「ああ、お前さっき言ってたろ。どうせ言ったところで誰も信じないとかなんとか」
「確かに言ったな」
「ま、俺にはそれがなんのことかはわかんねえけどよ、良かったら話くらい聞くぜ?」
「……」
「信じてやるからよ、話してみねえか、俺に」
「……嘘吐け」
「嘘じゃねえよ」
「嘘だ」
「嘘じゃねえって」
「……」
……わかった。
彼女の中での葛藤は終わったようだ。話す。小さく口を開いた和音に軽く答える。しかし、次に繰り出される言葉に今のやり取りを発端から後悔した。
「怪」
「あやかし?」
「うん、怪(あやかし)。今回の騒動はそいつらの所為なんだ」
「……」
参った。まさか、その手の話だとは。原田が理解するには少々難が過ぎる問題……ってかこれ、また誤魔化されてないか俺。
「そうか、怪、か……」
でもなあ……信じるって言っちまったからなあ。今さら二言など男としてどうこうと言う話の前にまず人としてよろしくない。少なくともそれが正しい対応でないことくらいは、昔まだ気が荒かったあの時代の原田にだってわかった話だ。
「……無理しなくていいからな。信じてもらえなくても別に怒らない。自分でもそれが馬鹿らしい話だってことくらい重々承知してるんだ」
「いや……続けてくれ」
「……」
和音の顔に、段々と不安が浮かぶ。話すのを躊躇っているのか、嘘だと笑われるのが怖いのか。どちらにしたって同じだ。その不安げな表情は、原田を信じていないから出てくるものだ。
「……よし」
「……?」
「怪異でも死者でもドンと御座れだ。ほら、続けろ」
「あ、ああ」
嘘を言っているわけではないのだろう。まだ良く知りもしない相手でも顔を見れば大体わかった。だから取り敢えず話だけでも聞いてみる。
「私、陰陽師なんだ。夜遅くに事件現場に居たのはな、その怪を退治してたから」
「ああ、だから血がついてたのか」
「それは……いや、うん、そうだ。奴等にやられた」
「そうか、大変だったな。傷の手当てはしたのか?あの後ドタバタしててなかなかだったろ」
「あ、ああ、それは必要ない。私は傷の治りが人より早くてな。生まれつきその、化け物並みに」
「……」
血塗れた服は斎藤が洗っていた。今はその辺にあった和服を羽織っている状態だ。
その袖の下の右腕は、確かに怪我の跡は残ってはいるが、傷は綺麗に塞がっていた。これは、まさか。
……まさかな。
「良くわからないんだ。昔からこんなんで、だから人とは特に関わらずに生きてきた。あ、だからと言って感情が欠如してるとか、別にそういうのは無いからな。私は正体が陰陽師だろうと化け物だろうと、今のところは普通に普通の女の子だ」
そう言って笑う。やはり苦笑だったが、しかし今度は自虐を思わせるものはなく普通の苦笑で、そのことに少し安堵した。
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