ねぇねぇ、アズマネくん。

□01.大きな背中
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面白いうわさを耳にしたことがある。
この学年に一人凶悪なヤンキーがいるのだと。

彼の名前は『アズマネ』

他校のヤンキーに喧嘩を売ったとか、目つきがすごいとか、目をつけられたら生きては帰れないとか。
このご時勢、そんな人間が果たして存在するのかは甚だ疑問ではあるが。

そんなことを考えながら歩いていると、


「桃山さん!」


蜂蜜色の夕暮れが差し込む二階の廊下で私は名前を呼ばれて振り返る。


『先生。どうかしたんですか』


彼の名前は武田一鉄先生。
小柄でめがねのよく似合う、教育熱心でとにかく一生懸命な先生だ。


「今から帰り?」

『はい。委員会の仕事も終わったので』

「そう。気をつけてね、さようなら」


それだけですか。とは突っ込まず会釈して玄関へと向かう。

私の武田先生くらい愛想がよければ何か青春ラブコメ☆みたいなことがおきたのかもしれないなぁ、と思いつつチラリと腕時計に目をやる。

あ、もうそろそろ学校でないと電車に間に合わない。
そう思いながら角を曲がったとき、



ドン!



体に大きな衝撃が走る。
誰かとぶつかったのだと気がつくのに時間はかからなかった。


「うわぁ!危ない!」


にゅっと出てきた腕が私の体を支えた。
がっしりとした腕だな、と思う位には私にも余裕があった。


「ごめん、大丈夫?」


そう覗き込んでくる人の顔はなんとまさにヤ○ザだった。
超絶怖ぇ。なんだこいつ。しかも制服着てるし。学生かよ。


『大丈夫です』


愛想のよう声でニコリと笑いながら私は何事もなかったかのように立つ。


「そう。前よく見てなくてさ。ごめんね」


やさしい笑顔、だった。
凶悪犯のような顔とは裏腹に、優しい柔らかな笑み。

これが今で言うギャップ萌えというやつだろうか。


『私のほうこそすみません。』

「ほんとに怪我とかない?あ!飴ちゃん食べる!?」

『………ぷっ!』


思わず盛大に噴出してしまった。
凶悪な顔して飴ちゃんってなんだ。かわいいな。


「……え?」


目の前の彼は私がなぜ笑ったのか理解できていないらしい。
きょとんとしている。犬みたいだ。


『すみません。本当に大丈夫ですから。……あ、よろしければお名前聞いてもいいですか?』

「俺?俺は東峰旭」

『………アズマネ?』

「うん。アズマネ」

『あのヤンキーの?』

「………!」


うそ。あの伝説のヤンキーだったなんて。
まじか。生き埋めにでもされちゃうのかな。


「……俺はヤンキーじゃないよ…」


そう告げる彼はほんの少し寂しそうだった。


『どっちかっていうとヤクザっぽいですもんね』

「……!」


どうやら彼は、アズマネくんはガラスのハートみたいだった。

ふぅむ、見た目がこんなんだから今までたくさんの誤解を受けてきたのか。
かわいそうで、面白い人。


「俺ってそんなに凶悪かな見た目…」

『ワイルドでいいんじゃないですか』

「えっ!ほんとに!?」


パアアッとアズマネくんはうれしそうに笑った。


なんだ、うわさなんて嘘じゃん。
ぜんぜん怖くないし、逆に言うと面白い。
表情はコロコロ変わるし、リアクションも大きい。


『はい。………あ、私電車の時間があるので失礼しますね』

「あ、送るよ!」

『はい?』

「もう少し……あの、その……」


送るよ!は言えて「もう少し君と話がしたい」は言えないのかコイツ。ヘナチョコか。
そんな大きな背中で、がっしりした図体して、度胸はまるでない。見た目と中身がまるでかみ合っていない。


『送ってくれるなんてうれしいです。駅までなんですけど、アズマネさんは?』


全力の猫かぶりで爆笑したい気持ちを抑えながらそういえば、アズマネくんはやっぱり太陽のようにうれしそうに笑って、


「おう!」


と言ったのだった。



大きな背中

(あの…もう少し歩くの遅くしてもらってもいいですか)
(え!あ!ごめん)
(背中、大きいですね)
(そうかな。ありがとう)
(……あの頭の上に蜂が…)
(うわあああああ!!!!!!)
(すみません、見間違いでした)
(………)
(いじけないでください)

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