Above the Clouds vol.1

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気付くと、亮は外にいた。だが空が夕日で赤く染まっているのを見ると、時刻はリアルタイムと判断しても良いだろう。
目の前には、見覚えのない真っ白で大きな屋敷がある。
―何処だ?此処は・・―
亮が辺りを見渡していると、後ろから人の気配がした。
「貴方は・・」
後ろから今日1日、脳内に流れていた優しくて落ち着いた声が、亮の耳から聞こえたので、思わず振り向くと、そこには一番会いたかった人がいた。
「・・ルイ」
亮はルイを見るや否や胸がときめき、思わず彼の名前を呼んでしまう。
「亮ですね。この屋敷まで来れるなんて、今日は随分と僕のことを想って下さったのですね」
「そう・・なのか・・?」
「ええ。1日の殆どの時間を使って僕のことを想って頂けない限り、此処までは辿り着かないものです」
―そうだな。授業中以外は、何故かコイツのことばっか・・―
今日のことを思い返すと、自分の盲目っぷりに情けなくなる。
「此処で立ち話もなんですから、どうぞ。屋敷にお入り下さい」
「あ・・うん。お邪魔しまーす」
ルイは5メートルはあるだろう大きな扉を開け、亮を屋敷に通した。
室内は全体的に真っ白で家具も白でロココ調のデザインのものが多く、2階を突き抜けた天窓があり、そこから大きなシャンデリアが掛かっている。
こんなに大きな家なのにも関わらず、人の気配が全くない。また、関係ないと言われることを覚悟で亮は意を決して尋ねた。
「なぁ。此処って、アンタしか住んでないの?」
「ええ、そうですね」
―あれ?もしかすると、今日は少し聞いても大丈夫なのか?でも、何処までがokなのかも分かんねーしなぁ。
これは、また関係ないと言われる覚悟で、質問が可能な境界を探るしかないのか―
亮がそう思っていると、ルイが真っ白で猫足が付いている大きいテーブルの椅子を引いた。
「どうぞ、お掛け下さい」
「あ・・うん」
初めてされる気遣いに、亮はオロオロしながら椅子に座った。
―こんな凄いとこに来るんだったら、責めて制服で来るんだったな。部屋着とか恥ずすぎる・・―
「コーヒーでも、お淹れ致しましょうか?」
コーヒーなんて、精神年齢が幼い亮からすれば"大人の飲み物"のイメージが強いため、顔が硬直した。
「えっと・・ココア・・とか、ない?」
「ええ、御座いますよ。少々お待ち下さいね」
―うっわー恥ずい!恥ずすぎる!ルイからコーヒーって言うってことは、アイツはよくコーヒー飲んでるってことだよな?!
つか、ルイって、すっげぇ落ち着いてるけど、顔だけ見れば俺と同年代だよな?なのに、こんなでかい家に1人で住んで、
外見は勿論、あの礼儀正しさとか言葉遣いとか気遣いとか、品の良さとか、もう、あんなすげぇ奴と同年代って、どうなんだよ?!
もう、恥ずいなんてレベルじゃあねぇぜ!―
そんなことを思っていると、"失礼します"と声を掛けてから目の前にココアが入った高級そうなコーヒーカップが静かに置かれた。
「あ・・どうも・・」
「いいえ」
ルイはそう言うと、自分の分のコーヒーカップを向かい側の席に置く。
「昨日は無礼なことを申してしまい、申し訳ありませんでした。それでも、亮が僕のことを想って下さったのは光栄です」
「無礼なこと・・?」
「あの"暗闇の世界"では、僕の情報を口に出せないのです。と言っても、人間である貴方に話せることは制限されてしまうのですが」
「あのことなら良いよ。言いたくないことなんて、誰にでもあるしさ」
本当は今でも気にしているが、亮は無意識にルイをフォローした。
「貴方が温厚な方で良かったです」
そう言うと、ルイが亮の前で初めて笑みを浮かべた。それを見た瞬間、亮は顔が熱くなり、脳内で心臓の鼓動が聞こえてくる。
―そんな顔、すんなよ・・。綺麗すぎ・・ヤバイ・・―
「此処でなら貴方にある程度、僕のことを話せますので、何か聞きたい事があればおっしゃって下さい」
質問許可が出たのは良いが、聞きたいことが多すぎて何から聞けば良いのかが分からない。亮は取り合えず、スタンダードなことから聞こうと思った。
「じゃあ本名とか、年齢とか、国籍とか、あと・・ルイは人間じゃない・・のか?」
スタンダードなことを聞こうとした矢先に、先ほどルイが言っていた言葉が既に疑問の1つとなっていたので、つい質問をしてしまった。
「・・これから僕が話すことは人間である貴方にとって摩訶不思議なことが出てくるかもしれません。しかし全て真実ですので、ご理解を頂きたく存じます」
「あ・・うん・・」
と言っても亮にとっては既に昨日、摩訶不思議な経験をし、そこから助けてくれたのは紛れもなくルイなのだから、何を話されても理解しようと決意した。
「本名は、ルイ・ジェームズ・ウエストウッド。17歳で"事故"死をしたため、今は亡くなった姿のままです。実年齢で言えば70歳ということですね。
父はアメリカ人ですが、国籍はイギリスです」
―おいおい、俺の婆ちゃんが70歳だよ・・―
「ってことは、ルイってその・・亡霊なのか・・?」
「それは、似て非になりますね」
ルイがそう言って1つ間を置くと、また話し出した。
「・・僕は、天使と言う種類です」
「え・・でも天使って羽とか頭に輪っかとかあるんじゃ・・?」
「ええ、僕にもありますよ。基本は動きにくいので消しているのですが・・見ます?」
それを聞いた亮は、高速で頷いた。
「え、マジ?!見せてくれんの?!見る見る!」
「分かりました」
ルイはそう言うと席を立ち、強い光が発すると、大きな翼が左のみに付き、頭に半透明の黄色い輪が現れた。
「片翼・・」
「今、罰則を受けている最中でして、右の羽は引き千切られたままなのです」
自分自身に落胆し、ルイは溜め息混じりにそう答えた。亮は翼を千切ちぎられているルイの姿を想像すると、痛々しいと感じて身震いをする。
「罰則?!いや、昨日知り合ったばかりの俺が言うのもあれだけどさ、ルイって何かエリートっぽいよな。悪いこととか出来なさそうっていうか、
寧ろ悪いことする奴を許せないみたいなタイプかと思ってたから意外だな・・」
ルイは翼と輪を消すと、椅子に腰掛けた。
「僕がいる天界は、色々と厳しいのですよ。人間界じゃ罰則なんて存在しないような内容でも、天界じゃそれが罰則の対象に入るということです」
「そう・・なのか・・」
その先のことを触れてはいけない気がして、亮はその話を打ち切った。
「じゃあ、昨日の"暗闇の世界"・・だっけ?あそこで、ルイの話をしてはいけなかった理由と、"悪の悪戯"と呼んでいたあの強風の意味を教えてくれよ」
「"暗闇の世界"は、亮たち人間が居る下界と、善悪の判別が出来ぬ者が逝く地界、悪魔が居る魔界の狭間にある世界なのです。
なので、あの世界に自由に行き来出来るのは人間と悪魔になり、通常僕らはあの世界に入れないのですが、
今の僕のように罰則を受けている天使は、言わば亡霊と同じような存在ですので、出入りが可能になるのです」
「そういえば、ルイは仕事で"暗闇の世界"に行くって言ってたよな?悪魔と出くわすこともあるのか?」
「ええ、それは頻繁にありますね。時々"タチの悪い"輩も沢山いて困ってしまいます・・と、つい弱音を・・。失礼しました」
考えたくないが"タチの悪い"悪魔とは、ルイを犯そうとする輩なのでは?と、ふと亮の脳裏によぎる。
―ヤバイ・・。俺が考えてることも、悪魔なんかと同レベルってことかもしれないんだよな・・?それでルイが困るのは嫌だ!
やっぱり、ルイの体に触ろうとか下心を持つのは辞めよう―
亮はそう決めると、真面目にルイを見つめた。
「別に、愚痴ぐらいなら聞くぜ?俺は昨日、沢山ルイに助けられたんだ。愚痴を聞くぐらいじゃあ、恩を返しきれるとは到底思えねぇけど、
俺がルイに出来ることなんてそのぐらいだから・・」
最後は照れくさそうに亮が言うと、ルイは微笑んだ。亮はまた顔が熱くなるのを感じる。
「有難うございます。亮は優しいのですね」
「べ・・別に・・普通じゃね・・?」
亮は視線を逸らしてそう答えた。
「・・話が逸れてしまい、失礼しました。質問に答えていませんでしたね。先ほども申しました通り"暗闇の世界"は悪魔も多く生息しています。
よって、僕らの情報を彼らに収集されると困ることが多いため、天界のルールとして、あの場での情報提供はタブーとされています。
"悪の悪戯"も同じく、人間を扉に近づけさせないために悪魔が造った魔方陣から発動されているものです」
「その魔方陣は消せないのか?」
「魔方陣と言っても、30メートル程ある巨大で強力なもので、あれを消せるのは神のみとされていますが、その神すらも天界の者ですので
"暗闇の世界"に入ることが出来ないのです。僕ら天使が出来ることは、シールドを張って移動が出来ることぐらいです」
―ということは、天使であるルイすらも不可能ってことか。そうだよな、消せるならとっくに消してるよなぁ―
人間である亮には全く知らない世界があることを知り、考えさせられた。少し落ち着いて考えると、ルイが日本語が一切の訛りすらなく話せているのも、
実質的には70年も生きているのであれば、きっと天界で世界各国の言語を勉強しているからなのだろう。
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