思いと歌と浮遊城

□最低の出会い
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ゲーマーの憧れだったアインクラッドが死の大地に変わってから早くも5ヶ月が過ぎようとしている。

現在ソロで攻略組にいる俺は、現在攻略が進められている第26層でマッピング&レベル上げに勤しんでいた。
背中には自分の背丈と同じか少し長い位の刀、いわゆる太刀と呼ばれる武器が斜めにかかっている。鞘からどう考えても取り出せなさそうだが、そこはゲームなので、抜こうとすれば鞘全体が開くことで解決されている。
太刀は一般には殆ど知られていない武器だ。スキル自体も太刀のゲットが解放条件で、なおかつモンスタードロップでのゲットでなければならない。
しかも落としてくれるモンスターも第5層のフィールドダンジョンのmob以外には確認されておらず、確率もかなり低い。
極めつけは、カタナスキルと殆ど全く構成が同じで、違いはたった2つスキルが多いだけ。
正直誰も使いたがらないエクストラスキルだが、俺は気に入っている。なぜならその2つのスキルの中にカウンターのスキルがあるからだ。
昔から反射神経と胴体視力、直感に優れていた俺は、このスキルだけで、最前線のキャラに仲間入りしたと言っても過言ではない。
カウンタースキル<ブレイドブレイク>は発生から1秒間以内に相手の攻撃を剣で受けると、相手の総合攻撃力と自分の総合攻撃力の合計の攻撃力で、相手に攻撃できる。
しかもこの時は相手の防御力を無視できるので、はっきり言って、mobは一撃で倒せる上、ボスにも大きなダメージが入る。
しかし失敗すれば、相手の攻撃が自分の防御力を無視して突き刺さる。両刃の剣とはよく言ったものだ。

今は偵察組がボスを調査しているので、俺はレベル上げとフロア攻略には関係ない場所のマッピングをしていた。

もう日が傾きだしている。俺は帰ることにした。
良さそうな物を知り合いの商人の所で売ってから、俺は第20層に転移した。
ついてから広場に行き、その中央でおもむろに歌い出す。
元々音楽が好きだった俺は、こうやって人前で歌って、ストレス発散がてら歌スキルをあげていた。

SAOの世界での歌は、究極的に言えばうまい下手は関係ない。スキルの熟練度をあげて、効果を発生させられれば、ジャイアン並みの歌唱力でも問題はない。
しかしまぁそんな人は人前で歌えないだろう。SAOの歌スキルは人前あるいはモンスターの前で歌って、効果を与えることで熟練度が上昇する。
モンスター相手に効果を与えるのはかなり熟練度があがらなければ無理なので、自然人前で歌うしかない。
俺はどちらかというと歌う事そのものが好きなので、人前だろうが全く気にしない。しかも嬉しい事に、ファンになってくれている人もいる。
今日のライブも予告しておいたら約百人が集まってくれた。
4曲を歌い、皆に自然回復、筋力+2、敏捷度+1を届けられた。ただしこれは24時間で効果が切れてしまうので、あまり意味はない。
しかし俺のスキルの熟練者はあがっていくし、単純に俺が楽しくできたので、能力アップはオマケだ。

もう寝ようと思って、再びポータルに戻ろうとした時、何か叫び声が聞こえた気がした。

胸騒ぎがして、街のすぐ隣の森に向かって走っていくと、血走った眼をした女性が男性をPK(プレイヤーキル:殺人)しようとしていた。
しかもあろうことか、その女性は俺のリアルでの友人だった。

キャラネーム<ユラ>。SAOの数少ない女性キャラの中でも、かなりの美貌の持ち主のはずだが、今はなぜか狂気に彩られている。
俺は全力で叫びながら突進していった
「ユゥゥゥラァァァ!!歯ぁ、食いしばれぇぇ!!!」
気がつくと全力で殴っていた。ユラの細い体は1メートル程吹き飛んで倒れた。
やられそうになっていた男性(カーソルはグリーンだった)は、麻痺が治るやいなや、町の方に逃げていった。

しばらくするとユラが起き上がって凄い形相で睨んできた。
「邪魔しないで!私があの男に何をされたかも知らない癖に!!」
俺は穏やかな声音で、
「あぁしらねぇさ。でも俺だって、人殺しがやっちゃいけないことだってことくらいは知ってるぜ。
…なぁ、話してくれねぇか?俺だって一応攻略組だ。さっきのあいつよりもレベルだって高い。協力を惜しむ気はないぞ?」
ユラはしばらくにらんだ後、急にしおらしくなって話してくれた。

曰わく、友人の女性プレイヤーと森に入って探索していた時、モンスターに襲われたらしい。しかもかなりの連戦を強いられ、奥地にある安全ゾーンに逃げ込んだらしい。
ここで間の悪いことに、その女性プレイヤーが転移結晶を持っておらず、やむなくユラが1人戻ってきて、先程のプレイヤーと救出に向かったが、彼はただユラに近づきたかっただけらしく、そうそうに音を上げ、諦めろと言ってきたらしい。
そして現在に至る。
話を聞き終えた俺は、静かにユラをみて、
「確かにあいつにも非はあったようだが、殺すのはやりすぎだ。俺は大事な友達に人殺しなんてさせたくない。ついでに俺に相談してくれなかったのはちょっと残念だ。
ほら、案内してくれ。とっとと行こうぜ。」
彼女は唖然として、
「一緒に行ってくれるの?」何てことを言い出した。
「バカやろう!ダチのピンチを見逃せる訳ないだろ?さぁ急ぐぜ。夜明けまでに行って帰ってくるぞ!!」
ユラは今度こそ力強く頷いて、走り出した。
入ってそうそうにモンスターが現れたが、俺は得意のカウンターで瞬殺して、先を急ごうと促した。
その後も6回も戦闘したが、すべて俺が秒殺して、わずか20分足らずで、2人が2時間歩いた距離を突破した。
中にはいると、18くらいの女性プレイヤーが体を丸めて部屋の端でうずくまっていた。ユラが声をかけると、涙を流して抱きついていた。

彼女が落ち着くのを待ってから、3人で帰路についた。
帰り道でも7回戦闘したが、殆ど俺が瞬殺して、俺のカウンターで倒せなかった敵だけは、ユラに任せた。

終わってみれば、夜明け前どころか、1時間もかからなかった。しかし気がかりも残してしまった。
助けた女性プレイヤー<カンナ>さんが終始怯えきっていたこと。
俺とユラはしばらくは戦いに行かない方がいいと勧め、彼女とフレンド登録をして、別れた。
「ふぃぃ。終わった終わった。」
俺は両手をくんで伸ばしながら言った。隣をみると、ユラはなぜか思い詰めた顔をしている。
「…?どうした?」
「私の…せい…だよね?…殺人未遂で友達にトラウマまで植え付けちゃって…ダメだね私…」
俺はユラの両肩を掴んでその瞳を見つめながら言った。
「なら別の形で償えばいいんだよ。殺人未遂は俺に殴られたからチャラだ。カンナの件で何か償いたいって言うなら、俺と一緒に攻略組に来ないか?攻略組として1秒でも早くこのゲームを終わらせる。それが償いになるんじゃないか?だからさ、一緒に戦おうぜ!!」
彼女は少し悩んだ後、微笑みながら頷いてくれた。
俺たちはパーティー登録と共通ストレージ(アイテムを収納するところ、結婚すれば全アイテムが共通になるが、この場合はここに入れたものだけが共通になる)の作成を済ませた後、25層で俺が借りている部屋の隣をユラが借り、それぞれの部屋に入って眠りについた。

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