思いと歌と浮遊城

□黒衣の狂人
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彼は気絶してしまっていた
。32層の主街区まで彼を運び、適当な宿を借りて彼を寝かせた。
運んでいる時から、彼はずっとうなされていた。
時折誰かの名前を呼んでいたが、か細い声で誰を呼んでいるかはわからなかった。

部屋のベットに横たえ、じっくりと彼を観察する。俺は観察眼には自信があったが、瞳が閉じられている今は、疲労がたまっている位しかわからなかった。
彼はその日は起きなかった。

自分とどこか重ねていたのか、ユラは献身的に看病をしていたが、夜通しやらせるわけにはいかないので、先に俺は仮眠をとって、夜更け頃に交代した。
俺が交代したくらいから、彼もようやく落ち着き初め、スヤスヤと寝息をたてていた。
俺は子守唄がわりに歌を口ずさみながら、彼が目覚めるのを待った。
明け方、彼は目を覚ました。ガバッと身体を起こし、周囲をキョロキョロ見回し始めた。
「おはよう。残念ながら、まだ脳は焼かれていないぞ。」
彼は俺の存在に気づくと、脱力しきった様子でベットに倒れ込んだ。
「助けてくれたのか…ありがとう。」
「まぁなんかヤバそうな雰囲気漂わせてたしな、お前。
…おっと俺はカイトだ。攻略組の作戦会議で見かけたことがあるかもしれないな。
俺はお前をみたことがあったし。」
「…うーん、あっ!<勝利の歌い手>の。
…とんだ有名人に助けられちゃったな。」
「いや別に有名人ではないと思うが‥。」
とそこまで話したところでノックが聞こえた。
ドアを開けると当然のようにユラがいた。綺麗な黒髪が、風でたなびいていた。
「おはようカイト。彼は起きた?」
「あぁ。と言っても、ついさっきだがな。
…あぁ後、今日は冒険はなしで(汗)」
了解と軽く応えながら中に入っていく彼女。俺は後に続いた。
「初めまして。私はユラ。この人とコンビを組んで戦っているわ。
あなた名前は?」
「あっ、言い忘れてたな。俺はキリト。助けてくれてありがとな。
…で、俺の剣は?」
目覚めてそうそう剣を探し始める彼。
俺はそんな彼に歩み寄った。俺を訝しんでいる彼の瞳を至近距離からジッと見る。
「責任…悲しみ…人へ恐怖…嘘?…んでもって死にたがり…か。」
俺のつぶやきを聞いた彼は顔を険しくした。
「…お前になにがわかるんだ!」
絞り出すように彼は言った。
「何にもわかんねーさ。感情を読み取れたって、過去が見えるわけじゃない。ましてや過去を変える力なんてない。それでも、てめーが死んでいい理由なんてどこにもない事はわかったぜ。」
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