Present's

□With forever ...<前編>
1ページ/1ページ


「おはよう」とか、
「おやすみ」だとか。

毎日決まって交わす
そんな"当たり前"の挨拶が。


抱き合ったり、口づけたり、
ただ傍に寄り添って触れ合う。

そんな、"当たり前"の光景が。



たったそれだけの、一瞬一瞬の小さな出来事が
こんなにも幸福(しあわせ)に感じられるなんて、思いも寄らなかった。

それは、人を愛し、また愛される、そんな幸せを知ったから。
まるで世界が違って見える。


そんな幸せも喜びもきっと、お前がいなかったら、
そして出逢えていなかったら、永遠に知る事のなかった世界‥。

少しオーバーかも知れないけど、俺は本気でそう思ってる。



だから俺は、この日常を、ありふれた世界を限りなく愛しく想う―。







「ただいまっ‥‥じゃなくて、おはようございます!」
「おっ。帰ったか、サッチ。今日もよろしく頼むぞ!」
「はーい!」

昼時のピークを終え、時計の針が午後3時を廻ろうとする頃。
俺は、いつもの店を訪れると元気な声で挨拶をしながら店の奥―厨房へ向かう。

ここは、俺の通う学校から割と近い場所にあるファストフード店。
俺は、高校時代以来、この店でアルバイトとして勤めている。
学校からも、それに家からも近いこの店は幼い頃から頻繁に利用する事が多かったため、
既に通い慣れ、先代を含み今の店長や店員ともすっかり顔馴染みだ。
だからつい、仕事に入る挨拶の時、我が家へ帰った時と同じような言葉が口をついてしまう。
一見生意気な口を利いているようにもみえるけれど、
店長を始め他の店員も、皆"お帰り"と、俺の言葉に当たり前のように挨拶を返してくれる。

そんなアットホームな雰囲気でいられるこの店が、俺は好きだ。

「そう言えばサッチ、今日はいつもより遅かったな?」

ロッカールームで仕事着のユニフォームに着替えていると、店長がのんびりとした口調で話しかけてきた。
ちょうど今俺が店へ来た時、店内に客の姿はなかったから、恐らく退屈を感じているのだろう。
午後のピークを過ぎた後の疲労感も相まってか、欠伸混じりだ。

「えぇ、まぁ‥今日はちょっと寄る所があって」

ユニフオームの袖に腕を通し、ボタンを留め。やや曖昧に、言葉を濁しながら店長の声に答える。

「んー?何だ?何か意味ありげじゃねぇか。何だよ、何かあんのかー?」
「いや、言うほど特には何も‥って、ちょっ、服の袖引っ張んないで下さいよ!伸びちゃいますからっ」

俺の言い方が気にかかったのか、
面白いものを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、横からぐいぐいと俺の服の裾を引っ張る。
こうなると店長は、ものすごく面倒くさい上に、かなりしつこい。
いい歳をした大人なのに、駄々を捏ねる子供のように、全く聞き分けがないからだ。

今のは失言だったと思いながら、この状況をどうしたものかと考えを巡らせていた時。

「おーい、遅ぇぞサッチ!どこで油売ってたか知らねぇけど、
そこで遊んでる暇があったら早くこっち来て手伝ってくれよな!」

店の奥から、そう怒鳴る声が聞こえた。

「!あ‥おう!分かった、今行くっ」

店長からの地味な嫌がらせ攻撃を受けていた俺は、
内心助かったと思いながら、じゃあそういう事ですから、と上手く店長を撒き声のする方へ急いだ。


ちなみにこいつはサンジ。バイト仲間にして、同じ学校に通う気の置ける友達だ。

クラスは違うが、入学後のオリエンテーション時にたまたま席が隣り合った事がきっかけで、
話してみれば、趣味や好きなアーティストが同じだった事なんかが分かり親近感を抱いた。
そして何より目指す目標が同じだという事もあって、
話しているうちにすっかり意気投合した俺達は、それ以来ずっと仲が良い。


―そう。

俺は今、この店でバイトをする傍ら、専門学校へ通っている。
料理人を目指す俺は、調理師の資格を取得する為の学校へ進学したからだ。

都内に留まらず、全国的に名を馳せるくらいの、超有名校。

これまでに数多くの著名人を輩出している事や、学内の施設・設備が充実している事、
講師陣が優秀かつ指導が細かで丁寧である事―‥等々、様々な理由から、
毎年全国様々な場所から多くの志願者が訪れる。故に、それに比例して合格率も半端じゃないくらいに高い。
正直、俺が合格した事だって、ある意味奇跡に近い事だと思う。


だけど今は、持ち前のフランクさから友達もたくさんできて、
それなりに楽しい学校生活を満喫している。
専門科目も多いし、当然勉強も大変だけど、毎日があっという間に過ぎていくように感じられるくらい、すごく楽しい。


「悪ぃ悪ぃ!っつか、そんな言うほど遅れてねぇだろ?いつもよりは早く来てんだからよ」

何とか店長から逃れた俺は、厨房で仕込みの作業をしながら
こちらに声を飛ばすサンジに軽く返しながら作業に混じる。

「ま、フルコマの日よりはな。
―けど、お前らのクラス、今日は午前で上がりなはずだろ?にしては来るのが遅かったよな」
「んー‥あぁ、まぁ‥ちょっとな」


俺達の通うのは専門学校だから、今までの学校とはカリキュラムが違う。
今までは、朝学校へ行って1日机に向かい授業を受ける体制が当たり前だったけれど。
専門学校では、中学や高校と違い、授業のない時間、つまり"空きコマ"なるものが存在する。
その時間、学生は自由に時間を使って良い事になっていて。
だからその時間俺は、午前や午後、半日時間が空いた日なんかにはバイトを組み込んでいる。

ちなみに今日は、サンジの指摘通り、授業は午前までで、午後からは丸々空き時間だった。
学校を終えて、そのまま店まで直行すれば10分と経たないうちに着くはずの距離だから、
本当なら、今より軽く2時間は早く着いたとしてもおかしくはなかったはず。

だけど今日は、"特別"だから。

何もない、なんて訳じゃなくて。その事を考えると、自然と頬が緩んでしまう。

「あー、何だよその顔ー?絶対何かあんだろ、サッチ〜」
「だーかーら、別に何でもないって〜っ」

そんな、店長と同じ疑問を口にするサンジに苦笑を零すも何でもないというように受け流し、
お前こそちゃんと仕事しろよな、なんて言い合いながら仕事をこなしていった。

だけれどそのうち、気付けば夕方を過ぎ夕食時の時間にもなり、
中高生や家族連れなど、来客が増えてきたかと思えばあっという間に忙しさを増していき。
俺達は、次々に入れ替わり立ち替わりする客と忙しさに終われながら仕事に精を出した。





「―じゃあ、俺、お先に失礼します!お疲れ様でしたっ」

そして、客の出入りが最も激しく混雑する時間帯を過ぎた、9時半頃。
店内にはまだ数人の客がいるものの、その数はまばらだ。
残業もなく、いつも通りの時間で仕事を上がると出掛けに厨房の奥へ挨拶をし、店を出る―と、その時。

「あぁ、そうだサッチ、ちょっと待て」
「?何ですか、副店長?」

店の扉に手をかけようとしたその時、不意に後ろから声をかけられた。
振り向けば、副店長であるベックマンがこっちへ来いと言うように手招きをしていた。
何事かと思いながら引き返し、ベックマンの後に続きスタッフルームへ向かう。

「ちょっと待ってろ」

すると、そう言って奥へ引き返したかと思えば、程なくして戻って来た。
そしてその手には、やや大きめの何か真っ白な箱が乗っていて。

「悪い、待たせたな。―ほら、お前にやろうと思ってたんだがすっかり忘れててな。すまん」

差し出されたそれを言われるがままに受け取ると、何だか少し重みを感じた。

「?何ですか、これ?」
「クリスマスケーキだ。一足早いが、俺からのちょっとしたクリスマスプレゼントだ。
いつも頑張ってくれてるからな」
「!本当ですか?」
「あぁ。まぁ、ボーナスみたいなもんだと思ってくれ。
今年もまだ終わった訳じゃないが、残りもあと少し、宜しく頼むぞ」
「はいっ!」

副店長からの思わぬサプライズプレゼントに、思わず笑みが零れる。
そう言えば、もうすぐクリスマスだ。
さい頃は毎年のように食べていた記憶があるけれど、クリスマスケーキなんて久し振りだ。
家に帰ってからゆっくり食べようかな、なんて考えていた‥その時。

「‥‥ベック〜‥」

後ろから、じっとりとした声に嫌な視線を感じる。

「ずるいぞ〜。俺への労いはないくせに、サッチにだけ特別扱いは〜」

振り向けば、店長―シャンクスがいた。
何やら不機嫌そうに思いっきり頬を膨らませ、軽くこちらを睨み、明らかに不機嫌そうな様子だ。

「どうした、シャンクス?」
「サッチだけずるい!」

そして、副店長が尋ねれば一言そう言い、次いで、ずいっと手を突き出した。

「そうじゃない。これは他の従業員の皆にも同じように配って‥‥って、‥?」
「俺の分は?」
「‥あぁ、悪い。買い忘れた」
「はぁ!?何でだよ!1番大事なとこだろ、普通っ」

やばい。店長、本気で泣きそうな顔してる。
泣かれたら面倒なんじゃ‥なんて思っていたら。
ぽふん、と店長の頭に手を置き優しく撫でてやりながら、副店長が悪戯に、だけれど反面優しく微笑む。

「‥冗談だ。アンタへのプレゼントなんて忘れる訳ないだろう?
もちろん忘れずに用意してるさ。"特別"とびっきりのヤツをな。アンタが喜びそうなヤツだ」
「!本当かっ?」

単純な店長は、その言葉にぱっと笑顔になると、途端に嬉しそうに副店長―ベックマンに勢いよく飛びついた。

「サンキュー!流石、俺のベック!そうだ、今日、この後お前ん家に行って良いか?酒でも呑みながらぱーっとやろうぜ!」
「駄目だ。アンタは酒癖が悪いし、それに明日も仕事‥」
「良いじゃねぇか!俺とお前の仲だろ〜?−っつー事で、決定事項な!」

突然の店長の提案に、顔をしかめながら断りを入れた副店長だったけど、
聞く耳持たずと言った感じで強引に計画を進める店長。
あれやこれや色々考えを巡らせているようで楽しそうだ。
その様子に副店長は、言って無駄だと悟ったのか、小さく息をつきながら了承と取れる反応を示した。

「よし、決まりだな!」

店長はその反応に満面の笑顔で、じゃあ俺、残りの仕事も頑張って来るから!そう言い残すと、
足取り軽く再び厨房へ姿を消した。それと同じくして、副店長がやれやれというようなため息をつく。

「‥大変ですね‥」

そんな副店長に、俺は半ば同情の意を込めてそう声をかける。

「‥そうだな。だが、まぁ‥あいつはああいうヤツだからな。一度言い出したら、他の誰の話も聞かん」
「ははっ、確かにそうですね」
「‥仕方ない‥明日に支障が出ない程度くらいには付き合ってやるか」

副店長はまた1つ、今度は諦めたように小さくため息をつくと呟いた。

「そうしてあげて下さい。店長も喜ぶと思いますよ。‥―じゃあ、俺はこれで。失礼します」
「あぁ、そうだな。すまないな、わざわざ引き止めてしまって」
「いいえ。クリスマスケーキ、ありがとうございました。ご馳走になります」

最後にそう挨拶を残すと軽く一礼し、店を後にした。
最初は早足で、だけどゆっくり歩いていられなんていられなかった俺は、
ケーキの箱が傾いてしまわないように気をつけながら、駆け足で帰路についた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ