桜舞う朧月 文
□当主
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静かな車内には唯一、大和の声があった。
長年封印されていた悪鬼の封印が解けかかってしまっていると分家から連絡を受け、それを封印し直してくれと言うものだと。
そう述べながら大和は依頼書を紀伊に渡す。
紀伊はそれに視線を落とし、真剣な面持ちで文字を追った。
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車に揺られること数時間。
薄暗い竹林の間を分け入る様に敷かれた石畳を抜けると立派な門が顔を覗かせる。
古めかしいそれは竹林と合わさりより一層、趣あるものに映る。
車から降りれば、和服に身を包んだ男性三人が待ち構えていた。
「お待ちしておりました、大和様。それに紀伊様もお久しゅうございます。」
正面にいる糸目の中年の男性は、恭しく一礼する。
それに合わせ後方の男性二人も頭を下げた。
まるでそれは、プログラミングされた機械の様だ。
一目で分る上下関係に大和は仕方ないと言う様に小さく溜息をはいく。
「話は手紙で十分把握している。月嶋、長い話はいらないから、その場所に案内してくれないか。」
「はい。只今お連れいたします。」
月嶋と呼ばれた男性は再び深々と頭を下げ、後ろの男性達に指示をだす。
大和は振り返り、愛娘へと視線を向けた。
「紀伊、此処からは山道だ。もうすぐ日も暮れてしまう。着いてこられるかい?」
「はい、お父様。」
「それでこそ私の娘だ。だが、くれぐれも気をつけるんだよ?」
大和は紀伊の頭を優しく、壊れ物を扱うようにゆっくりと撫でる。
「大和。」
「分かっているよ。」
諭すような帳の声に大和の目は真剣さを増した。
何処か冷徹ささえ感じえる程に。
「行こうか。」
「承知いたしました。ささ、此方でございます。」
月嶋を先頭に暗くなり始めた山道を歩く。
山道を埋める桜の花弁は、鮮やかに道を彩る。
淡い提灯の光に照らされるその風景もまた幻想的だ。
提灯の明かりは時を増すごとにその輝きを放つ。
「此方で御座います。」
山の中腹に差し掛かった時、それは現れた。
生い茂る木々が一気に開ける。
その中心には、八角形の柱、則ち結界に覆われ封印された巨大な悪鬼の姿があった。
結界は長い月日のためか、数箇所に亀裂が走っている。
「話には聞いていたが、見たのは初めてだ。」
「……。」
「では、大和様。宜しくお願い致します。」
「あぁ。柏原君、紀伊を頼むよ。」
「はい、お任せ下さい。」
大和の声に柏原は紀伊に後ろに下がる様に呼びかけ、手を引いた。
月嶋も同様に紀伊達に続く。
大和は懐から四枚の札を取しだした。
「撫子、白菊、紅葉、牡丹。出ておいで。」
大和の呼ぶ声に応える様に、名を呼ばれた瞬間に札は人へと姿を変える。
式神だ。
それは、大和が最も得意とする物だ。
現れた四人は髪の長さや着ている着物に若干の差こそあるが、男性とも女性ともとれる体格。
顔はお面で覆われ、表情は見えない。
「結界を張っておくれ。」
大和の声に式神たちは頷き、四方に飛んでいく。
一糸乱れぬ動きで式神達は一斉に結界を張っていく。
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