桜舞う朧月 文

□当主
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建物の様に張られた結界の中には大和と帳、そして封印された悪鬼のみだ。

封印の結界に向け、大和は手を翳した。


「我が血の下に封印されし悪しき者よ。我が名の下にその封印を断つ。開錠!」


役目を終えた結界はまるでガラスが割れる様に砕け散る。
そして、封印されていた悪鬼は形容し難い雄叫びをあげる。

自身を縛り付ける鎖を引きちぎろうとその巨体を激しく揺らす。


「……怨みに飲まれ、自我を失ったな。だが、忌々しいことに力は上がったな。」

「当事者が見て言うのだがら間違いはないな。」


その悪鬼を封印したのは過去の嵯峨野家当主。

つまり、その当時の主人に使役されていた時の帳は、この悪鬼に打ち勝つことが出来なかったのだ。


「では、帳。今の君に問うではないか。」

「……それは愚問と言うものだ。」

「おや、まだ聞いてないのだけどね、まぁいい。月嶋、今回は再封印の依頼だったけどね。


今から討伐に予定変更だ。」


「なっ!?」


笑いながら言い放つ大和に月嶋の手にある提灯が大きく揺れる。
それは紀伊達も例外ではない。
驚きを隠せない月嶋に、大和は悠々と語りだす。


「だって考えてもみたまえ、ここで封印した所でそれは、次世代の当主達に対する負債の様なものだ。」

「ですが、大和様!」

「返済できるものは今すべきだろう?それに、この山には他にも封印された妖怪たちがいる。

それを監視する君たちの仕事も減るんだ。一石二鳥と言うものだと思うのだけどね。」

「……分かりました。再度、お願い申し上げます。」

「あぁ。さて、向こうも臨戦態勢だ。こちらも行こうか。」

結界に向けられていた手を大和はそのまま帳に向けた。
手首には帳の首飾りによく似た物があった。


「その身、我が刃となりて、立ち籠めたる暗雲を払い退けたまえ。」


帳を炎の渦が飲み込む。

地に落ちた花弁を一瞬にして灰にするその炎を切り裂くように現れた帳には、髪と同じ黒色の狐耳と九本の尻尾。

耳に掛けられていた前髪は流れ落ち、顔に影を作る。
帳の手に握られている刀は、柏原のものと良く似ていた。


身震いさえ起こす程の圧倒的な力がそこにはあった。
大和は珠々を持ち直し、悪鬼に向き直る。

引きちぎられた鎖は、砂塵の様に風に靡いて消えていく。


「手助けは?」

「要らん。」


眼前の敵を見据える赤い瞳は、鋭い。
感情の映らない瞳はただただ、相手を見据えている。

呻き声が地を揺らす。
それに合わせる様に悪鬼は腕を振り上げる。

帳はそれを見計らったかの様に一気に距離を詰め、躊躇う事なくがら空きとなった横腹を切り裂く。

そこから溢れ出す赤は、帳に降りかかった。


顔に、髪に、着物に鮮やかな赤色が模様を作る。


それを気にする様子もなく、帳の猛撃は続いた。


足に、腕に、首に容赦なく刃を突き立てる。


引き抜けば豪快に赤が舞った。
帳の持つ刃からは雫が伝い、地面に小さな水溜りを作った。





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