桜舞う朧月 文

□当主
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茜色の空が広がっている。
その光が射し込む屋敷内も茜色に染まっている。

縁側から一人の男性が中庭を眺めていた。
年齢は二十代後半から三十代前半と言ったところだろう。

庭を見ている筈の鋭い目は、何処か遠くを見ているかの様に虚ろだ。

柔らかい春風が、彼の髪を揺らす。
片側だけ耳に掛けられた前髪を直す様に自身の髪を撫でた。

伏見帳。

それが彼の名だ。

陰陽師としての初代嵯峨野家当主の代から当主に代々使役され続けている妖怪である。
金属板に紅い紐が通された首飾りがその印だ。

彼にとってそれは、自身を縛り続ける鎖に他ならない。


「帳、どうかしたのか?」

「……いや。」

「そうか。今日の依頼なんだが、紀伊も連れて行こうかと思うんだ。」

「手本でも見せようと言うのか。」

「そうだよ。紀伊に当主としてのあり方を見せるのも俺の仕事だから。」

「……。」


現嵯峨野家当主である大和は、彼の主人ということになるが、帳の言動じは上下関係と言う物を感じさせない。

寧ろ、関係は対等と言えるだろう。
それは、主人が上下関係や差別を好まない大和であるからだ。


「それには、君にも了解を取るべきかなって。」

「構わんが、」

「柏原君も、かな。君は彼に期待している様だね。先輩として何か思うところでもあるのかな?」

「……あの程度で慢心されては適わぬと言うだけだ。」

「そう言う事にしておくとしよう。」


笑いながら答える大和に、帳は顔を背ける。

今一度、中庭を見つめる目には先ほどにはない意思があった。


「紀伊にはもう伝えてあるから、そろそろ行こうか。夕餉には帰りたいからね。」

「やはり、端から拒否権など有りはしないらしいな。」

「まぁまぁ。」

「……。」






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