第一部
□こうして世界がひっくり返った
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ヒラリヒラリと、真っ白な花びらが視界を舞っている。
初めは雪かとも思ったが、その独特な舞い方で雪ではなく花びらだと思い直した。
風にまかれて空を舞う、桜の花びら。
辺り一面真っ暗闇なのにその白い花びらだけが鮮明に見えて不思議ではあったのだが、まぁ綺麗だから良いかと変な納得をする。
実際のところ、全ての感覚がボヤけていて思考も全く回らないのが今の状況。
美しい風景を眺めながら生暖かいまどろみに浸かり、意識が沈んでいきそうになったときにすぐそばで波紋が広がった。どうやら体は水に浸かっているようだ。
ピトン…
小さな波紋がチャプチャプと音を立てて体を叩く。それは鈍い感覚の中で鮮明に感じた。それと同時に女性の声が頭のなかにこだました。
『ーーの願いは届きました。ーーの血の契約により命令を遂行いたします』
柔らかい、透き通った美しい声が何の感情もなく言葉を紡ぐ。
『貴方の御名前を教えて下さい』
声ではなく音としてとらえていた声が訊ねてきた。
朧気な意識のなかで名前を答えた。しかし耳をやられているのか、はたまた声帯をやられたのか口に出した声は自らの耳には届かなかったが彼女は理解をしたらしい。
『草木 シゲル というのですね』
ピトン…、遠くの方で波紋が広がる音がした。
『草木 シゲル 。あなた方一族の願いは聞き届けられました。あちらに渡す前に貴方の希望をいくつか聞きましょう。何を、望みますか?』
「………ォ…レは………」
酷く掠れた声を出す。聞き取れるかも怪しい声に、それだけでも大分体力をつかってしまったが今はそんなことに構ってはいられない。喉に激痛が走ろうとも言わなければ、望みを。
「…ゲホッ……皆を守り抜ける、力が、欲しい…っ!!」
言い切って気付く。暖かいものがほほを伝って流れ落ちていた。
走馬灯のように頭の中を流れる黒と赤の情景。
もう二度と、目の前で無くしたくはない!!
『草木 シゲル 、貴方の願いは聞き届けられました。それでは渡す準備を始めさせていただきます』
フワリと実体のない何かが頬に優しく触れた。暖かだった。
『貴方が渡った先が幸多からん事を』
とぷん
その言葉を最後に、オレの体と意識は水の中に沈んでいった。